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電車における冷戦

朝の電車ではひそかに戦いが行われている。
誰もが座席に座りたいのだ。
私も通勤・通学と電車を使う事があるが、
その乗車時間がかなり長いのでどうしても座りたい。
座れれば睡眠もとれるし、本を読む事もできる。
しかし、座れなくて立つことになると、寝るにはちょっと無理があるし、
本を読むのも疲れるのだ。

電車を利用するときはたいてい途中で乗り換え、
電車を2つ利用する事になるのだが、
家の最寄りの駅から一度目の乗り換えまでは
45分も乗っていなければならない。
乗り換えてからならともかく、この一本目の電車では必ず座る必要がある。

運良く地元の電車は私の乗る駅から電車が出発するパターンが多い。
つまり一度この駅で電車の中は空になるのだ。
その場合、ホームで前の方の列に並べれば、
座れる可能性としてはかなり高い。

電車には、片面にドアが2つある車両と、3つある車両とがある。
ドアが2つの車両の場合、座席が埋まるまで時間がかかるので
それほどまでに急がなくても座れるかもしれないが
ドア3つだと、ドアが開くと同時に3個所から人がなだれ込み、
座席を取り合う事になるので、
一瞬で座席がなくなってしまうのだ。

この時重要なのは、3つのドアのうち、どのドアの前で並ぶかだ。
左、右、真ん中の3個所だが、
真ん中の場合、残りの左右のドアから入ってくる乗客の動きが早ければ
車内に踏み込む前に席がなくなってしまう可能性がある。
周りは幾度となく通勤電車に乗ってきたサラリーマンであり、
彼らはプロなのだ。

しかも、真ん中のドアの前で待つ場合、
次に来る電車が確実に「3つドア」の車両でなければならない。
幸い、この駅には「何時何分の電車のドアの位置は何色です」と
ホワイトボードに色のついたマグネットが張られている。
このマグネットの色とホームの下に取り付けられているドアの位置を示す看板の丸の色が
対応しているのだ。

つまり赤のマグネットがホワイトボードについていた場合、
赤丸のついた看板の位置にドアが来るのだ。
これによって目的の電車のドアの数が2つであるか3つであるかがわかる。
しかし、この情報を乗客全員が知っているわけではない。
何年も同じ電車を利用していながら、
この事を知らないサラリーマンもいるのだ。
私もこれに気づいたのは、毎朝電車を利用しはじめてから
数ヶ月後のことだ。
それほど気づきにくい情報なのだ。

そしてその事を知らずに「3つドア」の真ん中の位置に立っていて
やって来た電車が「2つドア」だったりするとすごくカッコ悪い。
「あ、しまった。ドアがない!」と気づいてから
ワラワラと左右のドアの列の後ろに並ぶ事になる。

誰も並んでいない位置に最初に並び始めるのは
とても勇気がいるのだが、
誰かがすでに立っていると、あとから来た人は並びやすいのである。
しかし、その最初に並んだ人が、次に来る電車が「2つドア」なのにもかかわらず、
「3つドア」の真ん中のドアの位置に立っていると、
あとから来た人は何も疑わず、その人の後ろに並ぶのである。
そして、いざ電車が来て、そこに列を作っている人が自分たちの間違いに気づくと
「誰よ、ここに最初に並んだの!2つドアの車両じゃない!」と
最初に並んだ人に恨みを抱くのである。

運良く電車が「2つドア」かどうかを知っていたとしても油断はできない。
たいてい電車を待つ列というのは、ひとつのドアに対して3列である。
駅の注意書きにも「3列でお待ちください」と書いてある。
この3列というのはとても大事なのだ。
ドアが開いたときに左右どちら側の座席を目指すのかによって
あらかじめ立ち位置を調節する必要があるのだ。

ドアが開いた瞬間、左に向かうのなら、当然3列のうち一番左の列だ。
右の場合は一番右の列。
真ん中の列だとその時の状況を判断して左右どちらにでも行けるのだが、
どちらに向かっても一列分距離が遠いので
あらかじめそちら側の列に立っている人よりは遅れる事になる。
だから真ん中に立つ人は素早い判断力と機敏な動きが要求される。

ただ、自分を含め、そのドアの位置にまだ2人しか並んでいないときは要注意である。
自分は3列のうち、一番左の列に立っているつもりでも
あとから来た人が自分の左側に並ぶと
とたんに自分は3列の真ん中の列に並んでいる事になってしまうのだ。
そうするとせっかくの作戦が狂う事になるので、
たとえば3列に並ぶスペースの中でもかなり左寄りに立っておいて
あとから来た人がさらに左に並ぼうとしても
「ちょっと左過ぎて不自然かな」と感じるようにしていれけば一応大丈夫だ。

電車のドアのうち左右どちらかのドアで、さらにその車両の端の方向、
つまり車両の一番端の席を目指す場合、注意が必要である。
なぜならたいていそこには4人用の座席があるはずだが、
たまに車椅子用にスペースが取ってある車両がある。
その場合、そこには座席はなく
ただ水平の手すりがあるだけで、座席は2人用に短くなってしまっている。
その2人用に座れれば問題はないが、いつもの4人用に座るペースで動いてしまうと
座り損ねる事になる。
ドアが開いてその事実に気づいてから、いざ他の席を探そうとしても
通勤電車はそんなに甘くないのだ。
ミスに気づいたときにはすでに座席の取り合いは終わっていて
座れた乗客が睡眠か読書の体勢に入ろうとしている頃である。

しかしだからといって端っこの座席は狙わない方がいいのかというと
そうではない。
みんなの心理としてより座席の多い方に行こうとするようで、
あまりこの席を目指しては来ない。うまくいくと悠々と座席を確保できるのだ。

そこは4人用の座席だが、実際に4人座るとかなり窮屈なので
3人用と考えた方がいい。
そして、座席は車両の手前と奥にあるので計6人座れる。
ホームに並んでいる時点で列の中のどれくらいの人が
その座席の方に動くか考えていなければならない。
3列のうち一番端の列はそちら側に動くのはほぼ確実だが、問題は真ん中である。
真ん中は左右どちらにも動ける位置なので、
下手すると自分が狙う座席の方に動いてくるかもしれない。
その辺は読みが必要である。

さらにドアが開いたときには迷わずに狙った席に一直線に向かう事が必要だ。
下手に迷ったりすると結局座れない事になる。
「二兎追うものは…」というやつだ。
しかしダッシュしてはならない。
ダッシュすれば座れる可能性は飛躍的にアップするが、
あまりにおとなげないので周りから白い目で見られてしまう。

通勤電車というものはたいてい毎朝同じ席に同じ人が座るようになっている。
毎朝同じ電車に乗っているのだから周りの顔ぶれもほとんど同じで、
長い期間によって一番座れる可能性が高かった席に定着するようなのだ。
この暗黙のルールは決して破ってはならない。
急にいつもの座席とは違う場所に座ったりすると、
いつもそこの席に座っている人にかなり恨まれる。

すべてがうまくいっても安心はできない。
座席には「これだけの人が座れるが、
その人数より一人少ないのがちょうどいい」という人数がある。
あまりに横の人とくっついたりするのはとても窮屈なのだ。
座っている人にはわかっている事なのだが
立っている人にはわからないらしく、
「この席、順々につめてもらえばもう一人座れるんじゃないか」と考える人がいるのだ。
これは非常に迷惑である。
「すいません」と声をかけられたら終わりだ。
「すいませんっていうなら最初から座るなよ」と思いながら
スペースを開けるしかないのだ。

特に私は体が細いタイプなので、でかい人なら3人でいっぱいの座席も
私と、ほかに女性が2人ほど座っていると
4人座れる座席になってしまうのだ。
しかし、「4人座る事ができる」だけであって
「4人座ってちょうどいい」わけではない。
そのため、ある程度人の動きが落ち着き、
誰も座ろうとしなくなるまでは足を組んではいけない。
足を組むと下半身の幅がせまくなり、スペースが空いているように見えるのだ。
しかし上半身のスペースが小さくなったわけではないので
実際には、もう一人座るほどの余裕はない。
そのためスペースが空いているように見せてはいけないのだ。

そして左右の人とのスキ間の間隔も同じぐらいにする。
どちらかに寄ってしまうと片方のスペースが開くため、
そこにもう一人座れそうな印象が強くなるのだ。

女の人は少しぐらいスペースがあっても無理してまで座ろうとはしないが、
サラリーマンとおばちゃんはとにかく座りたいらしく、
少しでもスキを見せると座ってくるので注意だ。
しかもそんな時に座ってくる人に限って、でかい人だったりする。

老人の場合もある。確かに老人も座りたいだろう。
しかし、こっちも早めに家を出たり、朝からいろいろ苦労して勝ち取った座席なのだ。
老人というだけで問答無用で譲るというのはどうかと思う。
老人も立っているのは疲れると思うが、こっちも老人以上に仕事で疲れているのだ。
疲れている度合いでは負けないはずなのだ。
そして、私はこの時間の電車に乗らなければならない。
この電車でなくてはダメなのだ。
だが、老人がこの通勤電車でなくてはならない理由があるのだろうか。
あるかもしれないが、それだけではとても譲れないのだ。
私が席を譲るのは、気分が悪くなってどうしようもなくしゃがみこんでいる人がいるときだけだ。
さすがにその時はその人の方が座る必要性があると思うからだ。

こうしてさまざまな苦労の上に、電車の座席に座るという行為がある。
簡単に席を獲得しようなどとは思わない方がいい。少なくとも通勤電車では。


究極の飲み物

ミルクティーというものがある。
作り方としては紅茶を作り、砂糖を入れてかき混ぜ、牛乳を入れてかき混ぜて
やっとできあがり。非常に手間がかかる飲み物だ。
しかしうまい。この手間の多ささえなんとかなればいい飲み物なのだと思う。

そこで考えた。
まず紅茶を作る。そして「飲むヨーグルト」を加え、かき混ぜる。これでできあがり。
なんとも手間が省けたのだ。飲むヨーグルトは牛乳の仲間だし砂糖も入っているので
一気に手間が省け、結果似たようなものができるのだ。
さらにビフィズス菌だか大腸菌だかいうバイ菌が入っているのでさらにお得。
しかもすでに腐っているので長持ちするのだ。

名前はもう決めてある。
紅茶とヨーグルトで「ヨーグルティ」だ。
ただし、私は臆病者なのでまだ試していない。
だれか作って味見してみてください。


必ず青信号になる方法

うっかり赤信号に捕まると非常に苦痛だ。しかも一旦赤信号に引っかかると
次の信号やその次の信号まで赤信号だったりする。
そして誰の身の回りにも必ずやたらと赤信号の長い信号機がある。
しかもなぜそれほどの長さにするのかわからない程度の交差点によくある。
こっち側の通行量もそれなりに多いのに、
なぜか向こう側の青信号ばかりが長くて
こっち側の青はあらかじめ渡る準備をしている人しか渡れないほど短いのだ。

私の最寄りの駅の近くの赤信号もやたら長く、測ってみたら2分45秒もあった。
その信号は踏み切りを渡ったすぐにあるため、
たとえ信号が青でも踏み切りが閉まっていると渡れないのだ。
で、踏み切りが開いたと思ったら信号が赤に変わっていたりする。
そのままずっとそこから動けないんじゃないかと思うほど待たされてしまうわけだ。

だが考えた。必ず青信号で渡れる方法があるのだ。
信号というのは夜になると点滅になるのを知っているだろうか。
赤の点滅の場合と黄色の点滅の場合があるのだが、
いずれにしろ、深夜になると点滅するのだ。
場所によって時間はさまざまだろうが、まさか手動で点滅に切り替えてはいないだろうから
時間が来たら自動的に点滅になるのだろう。
そして朝が近づくとまた自動で元に戻るのだと思う。
さらに信号というものは一定時間で赤から青に、青から黄色や赤に変わる。
つまり毎日同じ時刻に動き出して同じ時間だけ青になったり赤になったりしているわけだ。

ということは、毎日青になる時刻は同じはずだ。
信号が動き出す時間や青になっている時間が
毎日同じなのだから当然そうだと思う。
つまり信号機の時刻表、すなわち青信号のダイヤが作れるはずなのだ。
もちろん信号機によってタイミングが違うだろうから、
信号機ごとにダイヤを用意する必要がある。

そして自分が通ろうと思っている道の信号機のダイヤを見て
「えーと、あそこの信号は11時22分40秒から23秒間だけ青のはずだから…」
と計画を立ててから出かけ、
ちゃんとその時間に信号のところに行ければ
あらかじめ調べたとおりに青信号で渡れるはずなのだ。
ただし信号と同じようにちゃんと時間を守れれば。


タイムスリップの実現

タイムスリップできたらと誰もが考える。
過去に戻って失敗を成功に変えたり、未来がどうなってるか覗いてきたりしたいのだろう。

そこで考えた。
地球の太平洋を縦に分断する「日付変更線」という線があるのを知っているだろうか。
もちろん赤道と同じで実際に線が引いているわけじゃなく
そう決められているだけの線なのだ。

たとえば日本からアメリカに行くときにその線をまたぐ事になるが
そのまたいだ時に時計の日付を一日戻すのだ。
つまりその線から向こうはまだ昨日なわけだ。
そういう事があるから「四泊六日のアメリカ旅行」などという
わかりにくい言葉ができたりするのである。

だが、線をアメリカ側に越えれば昨日になるのだったら
同じ方向に何度も越えればどんどん過去に戻れるはずなのだ。
つまり地球を同じ方向に何度も回ればいいのだ。
中学一年のときにこの話を社会の先生に話したら
「そんなに速い乗り物がない」と言われた。
だが、乗り物なんかいらないのだ。
走るだけで地球を一周し、日付変更線を越えられる場所がある。

すなわち南極点か北極点の周りである。
北極点の周りをぐるぐる左に回るだけで
日付変更線を何度もまたぐ事になり、どんどん過去に戻るのだ。
逆に回れば未来にも行けてさらにお得である。

残念ながらまだ試していないので誰か行って試してきていただきたい。
だが、たとえ過去に行けても私の過去だけは決していじらないように。


極地に行くほど体重軽い

地球というのは完全な球ではない。すこし縦につぶれた楕円なのだ。
これは地球の自転によるもので遠心力でそうなっているらしい。

しかし、よく考えて欲しい。
遠心力というものは半径が大きくなれば強くなるのだ。
つまり北の方にあるグリーンランドよりも赤道に近いインドとかの方が
地球の地軸から遠いわけで、当然遠心力も大きいはずなのだ。
遠心力とは外側に飛ばされそうになる力の事で
引力は内側に引っ張られる力の事。その2つの力のバランスが
うまくつりあっているので我々は地面に立っていられるわけだ。

となれば、グリーンランドよりもインドの方が遠心力が強いから
結果的に引力が小さくなるはずだ。
つまり赤道近くのインド人は北国の人より重い体重で地面に立っていないと
遠心力に負けて飛ばされてしまうのだ。
たぶん体重が重い必要のあるインド人は
長い年月をかけて徐々に体重が重くなるよう進化しているはずなのだ。
逆に言うと、北に近いグリーンランドや南方のオーストラリアに
住んでいる人はそれほど体重が重い必要がないので
体重に関しての進化はしていないだろう。

北や南の極地に近づけば近づくほどそこに住む人の体重は軽くなるはずである。


サザエさん分析

サザエさんはすごい。
何がすごいってすべてがすごい。
まず体がおかしい。肩幅よりも頭がでかいのだ。
あれでは前ボタンのシャツぐらいしか着れないのではないかと思うのだが、
Tシャツやセーターのような首を通すタイプの服もなんなく着る。
カツオなどは隣のいささかさん家のうきえさんに想いを寄せているようだが
私は肩幅よりも頭がでかい女性はごめんである。

ついでに言うと、登場する人々の中指と薬指はくっついているのである。
歩くときや話をするときなど手をパーの形にした時によくわかるが
出てくる人全員の手がそうなっている。

次に、サザエさんが町を歩くといろんな人が「あらサザエさん」などと声をかけてくる。
おかしいのである。身内ならいざ知らず、他人ならば「サザエさん」ではなく
「フグ田さん」、もしくは「いそ野さん」と声をかけるはずなのだ。
しかしみんなは「サザエさん」と呼ぶ。

さらに「ハーイ」「バーブー」「チャーン」としかしゃべれないイクラちゃん。
イクラちゃんはこの3つの言葉しかしゃべれないのだ。
訳してみると「Yes」「No」「タラちゃーん」となる。
これだけで意志の疎通をするイクラちゃんはすごい。
ただし、イクラちゃんの言葉はそれを理解できるタラちゃんか
少なくともタイコおばさんが周りにいる事が条件である。
イクラちゃんは卵を片手で割る特技などがあるが
それ以上に早く言葉を覚えさせるべきだと思う。
だがノリスケさんとタイコおばさんは教育には関心がないようだ。


UFOが現れるとき

UFOはいるかもしれない。そう思う。
我々と同じようにどこかの星で生命が生まれている可能性はある。
だが、よくテレビで特集してるUFO映像や宇宙人情報はどうだろう。
ミステリーサークルやキャトルミューティレーション、
宇宙人にさらわれて記憶を消された人などいろいろな情報を聞く。

だが思うのだ。
あれは「UFO友の会」のしわざだ。
いや「UFO友の会」というのは私が勝手に名づけているだけなのだが
つまり、本当にUFOがいるかもしれないと思わせるために
活動する集団の事である。

彼らは協力してミステリーサークルを作ったりする。
UFO友の会の会員のうちの誰かの農地を使うのだ。
そして力を合わせてミステリーサークルを作った後は
UFO遭遇シナリオを書き、同じ時間にUFOを見たと口裏を合わせておくのだ。
その辺り一帯がUFO友の会会員だとすると
たとえインタビューで証言を取ったとしても
ちゃんとつじつまが合った話が出るので大丈夫なわけだ。
もし打ち合わせしていなかった事を聞かれたりした場合は
「記憶を消されたのでよく覚えていません」と答えるわけだ。

こうすればたとえ実際にはUFOが現れていなくても
状況証拠や証言があるのでいたことになってしまう。
こんな「UFO友の会」がどこかにある気がする。


あの娘の血液型

血液型占いというのがある。
4パターンしかない血液型で性格を占おうという、かなり無理のある占い方法だ。
たまに女の子に「○○君、血液型は?」と聞かれて「AB型」と答えると
「うそぉ!?」と言われてしまう事がある。
本人がAB型と言っているのに否定するとはどういうことだ。

ちなみに私の血液型はABだが、子供の頃に親からAB型だと言われたから
自分の血液型はABだと思っているだけで、
献血が嫌いな私は親からの情報以外に自分の血液型を調べた事がないので、
本当にAB型かどうかはかなり怪しい。なんか恐い。

それはそうと血液型占いである。
私は別に占いはやらないが中には占い好きの男性もいる事だろう。
そんなときに好きな女の子の血液型をなんとか知りたいと言う事もあると思う。
血液型さえわかれば占いができるからだ。
そこで密かに血液型を知る方法をお教えしよう。

血液型は4種類だ。
どういう違いで種類が分かれているのかは知らないが
なんらかの違いがあるのだろう。
違いがあるという事はその成分の有無や量が違うのだと思う。
まず、あらかじめ4種類の血液型の血液を用意する。
そして、それぞれなめて味を覚える。
血液型が違うと味としても何らかの違いがあると思う。
その4種類が味で区別できるように練習するのだ。

そして想いを寄せている女の子にダッシュで近づき、
すばやく腕などに噛み付いてその子の血液を味わったら
再びダッシュで立ち去るのだ。
その子の血の味が4種類の血液型のどの味がするかによって
その女の子の血液型がわかるのである。


毒トラック

私も20歳のときに免許を取ったのでたまに車を運転するが、
前や後ろに大きな車がいるとかなり圧迫感があっていやだ。
特に前に貨物をめいいっぱい積んだトラックなんかがいたりするとかなり恐い。
しかも最近は笑いをねらってか、最大積載量の表示の部分に「積めるだけ」とか
「女房子供が食えるまで」と書かれているのも走っているらしい。
そんなのが前にいたりするとさらに恐いのである。

特に積載物が長い棒状のもの、例えば鉄パイプや木材などの場合、
もし固定しているワイヤーが外れたら後ろの車の運転席に
突き刺さるような角度で積まれているのでなんとなく嫌な想像が頭に浮かぶ。

この間、車で走っているとバックミラーにでかいトラックが写った。
その車のバンパー辺りには「危」と書かれたパネルが取り付けられているのだ。
あのパネルは取り付けなければならない義務とかがあるのだろうがなにか恐怖を感じる。
どんな危険があるのか説明して欲しい。

しかしそれだけではなかった。
その後ろの車の「危」パネルの横にもう一枚パネルがあって、
そこには「毒」の文字が。

「毒」ってなんだ?


耳そうじの夢

耳そうじが好きだ。
気持ちいいから好きだ。
しかし非常にストレスがたまるときもある。どうしてもスッキリ取れないときだ。
耳クソ(耳あか?)に耳かき棒が当たっているんだが、
表面をこするだけでどうしてもパリッとはがれない。
耳そうじというのは一度にはがれた耳クソが大きいほど気持ちいいのだ。
なにか体の芯からきれいになった感じがする。

耳そうじをしてくれる専門の店もあるらしいが
耳そうじは耳クソを取られる気持ちよさ以上に、取ることにも快感があるのだ。
人に掃除されると、楽しさを半分減ってしまう。

取れにくい耳クソを取りやすくする方法はある。
風呂などに入ってお湯に耳まで沈めたり、シャワーで耳に軽くお湯を入れるようにして
耳クソをふやけさすのだ。
こうすると耳の中の壁に張り付いていた耳クソもはがれやすくなり
さらに粉末状で取りにくかったものも、まとまりがよくなって取りやすい。

だがこの方法は耳そうじの快感がかなり減る。
耳クソを取るときもパリッというより、ベチョッといった感じなのでむしろ気持ち悪い。

なんとかパリッとした風味を失わずに思いっきり耳クソを取りたい。
CCDカメラ付き耳かき棒などが発売されて、画面で耳の中の状態を確認しながら
耳そうじができたら、かなりいいのだが
私の願いとしては、体を耳の穴サイズぐらいまで小さくして耳の中に入り、
自分の手でバリバリと耳クソをはがしたい。
自分の体を小さくして自分の耳の中に入るというのは絶対無理なのだが、
幽体離脱でも何でもいいからこの方法をやってみたい。
しかし小さくなった体にも耳の穴はあるわけで
そうなるとその耳をそうじするにはさらに小さくなる必要があるのだが
そうなるとさらにその体の耳の穴が…。


連続週刊誌

週刊ジャンプや週刊マガジンなどかなりの種類の雑誌が発行されている。
私は週刊誌を買う習慣はないので(シャレではない)あまり関係ないが
電車で向かいに座った高校生グループが今日発売の同じ雑誌を
みんながそれぞれで買って読んでいたりするとかなりもったいない感じがする。

みんなで金を出し合って一冊を買い、回し読みすれば一番いいと思うのだが
いち早く読みたい気持ちがあるのだろうか。

そこで考えた。
まずある週刊誌を読みたいという人を募る。
そして集まった人たちで週刊誌グループを作るのだ。
たとえば10人の人が集まったらその中で順番を決める。
この順番はジャンケンやクジなどで決めればいい。
順番が決まれば次は10人で一冊の週刊誌を買い、
まず1人目が一週間持つ。
そして一週間経ったら1人目の雑誌を2人目に渡し、
また10人で最新の週刊誌を一冊買い、1人目が持つ。
そして一週間経ったら2人目は3人目に、1人目は2人目に雑誌を渡し、
さらに10人で最新の雑誌を一冊買い、1人目が持つ。
十週目には全員に雑誌が一週間ずつズレて渡る事になる。

それぞれの感覚では一週間経てば新しい雑誌が手に入るのだから
普通に週刊誌を買っているのと変わりない感覚のはずである。
しかも市場の10分の1の価格で買っている事になる。
ただ世間と時間的にズレが生じるが。



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