第九章

私の好きな言葉

新聞をあまり読まないので詳しく知らないのだが、
空爆やらなにやらで大変そうである。
(今回の事件が「戦争」と言えるのかどうかはわからないが、)
戦争がいけない事なんてことは誰でもわかるので
別にここで「戦争はやめよう」などと主張するつもりはない。

ただ、私の好きな言葉を思い出したので書いておく。

文豪バルザックの有名な中国人庭師である
タンヤオ・ドライチはこう語った。
戦争の最も下劣な犯罪は花を焼く事である

子供が乗っています

よく、車のリアウィンドウの部分に
「子供が乗っています」と書かれたプレートが
置かれているものを見る。

あれはどういう意味でつけられているのだろう。
「子供が乗っています」。
だからどうした、と言いたくなる。

とりあえず、あの意味を考えてみた。

可能性その1:

子供が乗っています。
(だから追突とかしないでくださいね)

子供が乗っていなくても追突はしません。

可能性その2:

子供が乗っています。
(だからノロノロ走っても許してくださいね)

子供のせいにするな。

可能性その3:

子供が乗っています。
(夫とは大恋愛の末、結婚。
 そして二年後、かわいい子供が産まれました。
 そんな二人の愛の結晶が乗っているんです。
 私たち幸せです。うらやましいでしょ)

なんの関係もない。


緊急避難ページ

毎日メタクロを見に来てくれている人や、
エッセイが更新されれば、欠かさずチェックしてくれている人など、
このホームページも読者が結構増えてきた。

さて、読者からよく、
「会社で仕事中に読ませてもらいました。
 笑いをこらえるのが大変でした」
という感想をもらう。
わざわざ仕事中に読んでもらえるのはとてもありがたいし、
楽しんでもらえているのは嬉しい。
しかし、「笑いをこらえるのが大変」と書いてある。

これはつまり、大笑いしてしまうと上司や同僚に
ホームページを見ている事がバレてしまうからだ。
「仕事中にサボっているとは、けしからん!」と言われる恐れがあるため、
こそこそ見ているわけである。

そこで、緊急避難ページを作ってみた。
「ファミ通」系の本で使われていたものと似たようなものだが、
それのホームページ版である。
つまり、上司が近づいてきたら、すかさず緊急避難ページに逃げて欲しい。
上司の目には、あなたがしっかりとインターネットを活用して
政治・経済を勉強しているように映るはずだ。

また、夜遅くまでインターネットをしているために
「ネットばかりしていないで勉強でもしなさい」などと
親に悪い印象を持たれている人も同様である。
親が近づいてきた時に素早く緊急避難ページに逃げれば、
時事ニュースに強い関心があり、がんばって勉強しているように
思われるはずだ。

これでいついかなる時でもメタクロを読む事ができる。
緊急避難ページをブックマークしておいて、
いつでも逃げる準備をしておいて欲しい。


何語?

テレビ番組の「世界・ふしぎ発見!」で司会のアナウンサーが
答えを間違った解答者から「ひとし君」人形を没収する時に、

「それでは○○さん、ぼっしゅうです」

と言う。
「没収」ならわかるのだが、「ぼっしゅう」ってなんだ?
もう何年も前から「ぼっしゅう」である。
誰かこの意味を教えてください。


想い出の青木先生

女の先生というのはどこか不思議な魅力がある。
「先生」という職業のせいだろうか。
とてつもなく大人の女性であるような印象を受けるのだ。

小学校の2年6組、3年3組と2年間、
私の担任であった青木先生、
もしかしたらあなたは私の初恋かもしれません。

ほかの先生とは違い、20代前半という若さのためか、
はたまた姉という存在が欲しかったためか、
私はあなたに強くひかれていました。
8歳の時ですから、恋愛感情ではないと思いますが、
とても慕っていました。
ただ優しいだけじゃなく、私のために叱ってくれる事にも
大きな愛情を感じました。
何年経っても私の中でとても大きな存在です。

3年前、専門学校生になった私がコンビニでバイトをしてる時に
先生は買い物に来ましたね。
私はすぐに青木先生とわかりました。
驚きました。感謝の想いが込み上げました。
しかし私の事など覚えてるはずもないでしょう。
あれから10年以上も経っているのですから。

先生は商品を手にとり、レジに来ました。
私は正直、手が震えました。
ドキドキしながらスキャナーでバーコードを読み取りました。
先生の顔を見ないようにして黙々と商品を清算していきました。
できる限り、いつも通りに。
できる限り、動揺せずに。

「いくしま…くん?」
先生はつぶやきました。

ハッとしました。
私はなんともいえぬ顔だったと思います。
微笑むとも懐かしむとも違う、微妙な表情だったと思います。

「お久しぶりです…」
私は答えました。

私の名前を呼んでくれただけで、とてつもなく感激しました。
それ以上、何も話さなくても私には十分でした。
私は先生の教え子であった事を誇りに思います。

「今はどうされているんですか?」
「結婚されたんですか?」
「あの頃はありがとうございます」
「青木先生の事、ずっと覚えてます」
何ひとつ言う事ができませんでした。
言えなかったのはあなたの事を忘れていたからではありません。
想い出が多すぎて、一言で表す事ができなかったのです。

青木先生、あれからずいぶん時間が経ち、
私は成長しました。
しかしあなたは歳を取っていませんでした。
昔のままでした。
時間がずっと止まっているかのようでした。
今も変わらず綺麗でした。

通知表に「生島君は人とは違う発想がすごい」と書いてくれたのを
今でも忘れません。
「人とは違う発想」、私の生きる方向はすべてこの言葉に従っています。
人との会話、ホームページ、ゲーム制作、
すべてがこの信念にもとづいて行っています。
青木先生、あなたのおかげです。

そして私は先生になりました。

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