第十九章

友達の結婚

友達が結婚したようです。
いや、中学高校と一緒だった女の子なんですけど。

私が女性に対して「友達」という位置付けをする事は少ないんです。
女性に対しては「知り合い」か「好きな人」だから。
友達になれるぐらいいい人なら好きになっちゃうわけで。

でも、その子はまさに友達なんです。
学生時代は単に「顔知ってる知り合い」ぐらいしか思ってなかったんですが
1年ぐらい前に偶然、その子がメタクロ発見して、連絡くれて、
地元の同じ電車使ってたから仕事帰りの電車で再会したわけです。

おーーっ、てな感じで。
へぇーーーっ、ていうか。
なんか、話の合う子だったんで割と盛り上がって楽しかったんです。
その子の彼氏の話をネタにしたりもしてて。
異性を意識しない相手というか、女性として気遣わなくていい人、
そういうの初めてなんですわ(これはこれで失礼かも)。

もちろんだからといって二人で遊びに行ったりとかはしないですよ。
友達だからって、男友達と同じ扱いじゃないですから。
彼氏に心配させない程度に軽く話すだけの関係。

で、最初、へー彼氏できたんだー。よかったねー、って感じだったんですが、
そのうち、へー、一緒に住むことになったんだー、になって、
ちょっと前に、3月に結婚するんだー、って。

えぇっっ!結婚!!
それはおめでとう、なんだけど
なんていうか、「結婚」という事をする事に驚き。
いや、その彼氏がどうの、とかそういうレベルじゃないのよ。

なんか、「結婚」なんてものはまだまだ俺たちには縁遠いものだと思ってたわけです。
社会人にはなったけど、まだまだ学生の時の若々しさを持ってるつもりで。
年下の芸能人が結婚したっつっても、それは遠い世界の話で。

でも、中学高校と学生時代を知ってて、同い年で、
なんかまだ俺たち学生の時とあんまり変わってないよなー、って思ってたのに
そんな子が「結婚」って。

結婚ってさあ、ホラ、大人がするものでしょ。
なんか、私にはまだ身近には感じてなかったっていうか。

たとえば、高校の友達が18歳になって車の免許取ったりして、
んで実際、車運転してるの見たらすごい違和感を感じなかった?
お前、車運転できるの??みたいな。

そりゃ、18歳で免許取れるのは知ってるよ。法律は。
でもなんていうか、実際にそれを見ると
おおーーっ、運転してるよー、って感じで。

今まで運転してる姿を見るっつったら、親とか、タクシーの運転手とか、
いわゆる「大人」ばかりで。
で、自分ではまだまだ子供だと自覚してたのに
同い年のヤツが「運転」を!!ってな違和感が。

それと同じなんです。
結婚なんて自分にはまだまだ先の事だと思っていたのに
同い年の子が結婚を!!
もう大人なんだね、俺たち!!っていう感じが。
俺も結婚を考える歳になったのかー。

ともあれ、ワタナベ、結婚おめでとう。
考えたら、もう「ワタナベ」じゃないんだね。

でもこれからもワタナベって呼ばしてくれ。
俺にとったらワタナベはワタナベだ。おめでとう、ワタナベ。


過去から未来へプレゼント

部屋を整理してたら、お金を見つける事がある。
自分の部屋だし、当然自分の金なんだけど
予定外の収入という感じでやたら嬉しい。

ものすごく得した気分だ。
っていうか、過去にお金をなくした時点で損してるんだけど
そんなプラスマイナスゼロが実感できないから嬉しい。

で、その喜びをまた味わおうと思って
再度、普段触らないけど永遠に見つからなくもない場所にお金を隠して
必死でその「金を隠した事」を忘れようとしたりするんだけど
忘れようとすればするほど頭の中で反芻してしまって
より確実に記憶に残ったり。

未来の俺を喜ばせるためにがんばる現在の俺。


罰ゲームって

罰ゲームって、目的がよくわからなくて
割と昔からそんなに好きじゃないんですわ。

なんかのゲームとか勝負とかで
負けたら罰ゲームとかってよくやるじゃないですか。
でもその勝負をなんのためにやるのか、と。

というのも、勝負ってのは
なにかしら利益があるから参加するわけです。
賞金であるとか名誉であるとか。

でも罰ゲームを賭けた勝負というのは勝利者には何の得もなくて
敗者でのリスクがあるだけなんです。
勝ったところでたいした意味はなくて、負けたら損、みたいな。
じゃあ勝負しない方がよっぽど安全なわけです。
勝負で勝っても、勝負しなくても、同じなわけですから。
わざわざ負担を負う可能性のために勝負するのは無意味だな、と思うわけです。

わかるんですが。仲間内で盛り上がるからって理由は。
でも子供の頃から罰ゲームに参加させられそうになるたび、
どうも納得できない気持ちが。


狩りって

「ブドウ狩り」という言葉にどうも違和感が。
「狩り」ってアンタ、採ってるだけでしょうが。

狩りっつーと、あれでしょ。
殿様と家来がキツネとか追い立てるやつ。
「殿、とどめを」ってやつでしょ。イメージは草原か山。

それを「ブドウ『狩り』」って。カッコつけちゃって。
「ブドウ採り」にしなよ。素直にさあ。

イモは「イモ掘り」って言うくせに。


ゲームを作るということ

フロントラインが好評なのはめちゃくちゃに嬉しいですが、
あまりにもヘリの撃墜の方法などの攻略法を聞かれるのが辛いです。

ゲームを作るのは、おそらく読者の方が予想されるよりも
かなり大変な作業だと自分でも思っています。
しかもフリーソフトは全然儲けもありません。
楽しんでもらうことと、その評判がよくなるために作ってます。

技術面でもアイデア面でもとにかく悩み、
これだったら楽しんでもらえるだろうと作り込みます。
ヘリの撃墜方法も同様で、
「簡単に倒せるとヘリも怖くなくなるし、
 その倒し方もすぐにはわからないようにしよう」
という結論に達し、今の形になりました。

例えると、ものすごく苦労して
つじつまが合っていて、なおかつ解けにくい、
説得力のある殺人トリックの混ぜ込んだ推理小説を
数ヶ月かけて書き上げたとして、

「これだったらそう簡単には見抜けないだろう。
 がんばって考えて推理してもらえたらいいなぁ。
 推理小説ファンにも納得してもらえたらいいなぁ」

という意気込みで発表して、しばらくして

「結局、犯人は誰なんですか?ヒントだけでもいいから教えてください!」

と何人もの人に何度も言われたら、
正直、二度と推理小説を書かないと思います。
友達の間で勝手にバラしてもらうのはいいんです。
「いいから教えろよ、誰なんだよ」とか楽しくやってもらうのは。
「どうしても解けないひとのために」とかいうネタばれホームページができても
むしろ嬉しいぐらいです。

でも自分に直接言われたら、その脱力感はすごいと思います。
市販のゲームだとすると、攻略本が発行されること自体はすごく嬉しいけど
できることならすべてのユーザーが読まずに解いて欲しい、ということです。
なぜなら、何も見ずに自分の力だけで攻略するのが
もっともゲームを楽しんでもらえる方法だと確信しているからです。

シックスセンスの監督に「オチはなんなんですか?」って聞いて
教えてくれるとは思えません。
もし教えたら、苦労して考えたそのオチは「死ぬ」のです。

わざわざ掲示板で聞いてるのに教えないのは意地悪く思えるかもしれませんが、
自分の作品が大事だからこそ「できない」のです。
正直、100万円もらっても教えられないと思います。
教えたくないというより、教えられない。製作者として。
探偵が依頼者についての情報を明かさない気持ちと似たようなプロ意識です。
脅されてもしゃべらないと思います。

Ver1.19からは説明書にそういう旨も記述することにしましたが、
ここまで詳しく書いているわけではないので、この場で私の気持ちを書きました。

新アイデアに関しても似たようなものです。
上記のような私なりの強いこだわりをもって
アイデアを搾り出しているので、そうそう簡単には新要素を追加したりしません。
追加するなら必ずデキがよくなるという絶対の確信がないと
追加しようと思いません。

このへんは発表後も改造しつづけられるオンラインソフト特有の性質ですが、
よく市販のソフトでも続編の方が前作よりも悪くなっているゲームを見かけます。
苦労して開発して以前より悪くなるほどバカらしいことはないです。
「追加」なのだから、とりあえず追加すれば
以前より悪くはならない、というのは間違いだと思います。

自分でもアイデアを思いつきます。開発中にもポンポン思いつくのです。
でもいい結果になる自信がない時は泣く泣くアイデアを捨てます。
そういう取捨選択の精度が高いほどデキのいい結果になると思っています。
追加する手間もかなりのものですし、その手間に見合った内容で
なおかつ確実に結果がよくなり、ユーザーに支持される要素でないと導入しません。

私のこだわりと世間の反応がズレれば
どんなにこだわっていても受け入れられずに忘れられるだけです。
ここが製作者の勝負どころです。独り善がりでは意味ないです。
「これがいいんだろう?こうやれば気に入ってくれるんだろう?」
という狙いがバシッと決まればこそ、いいものができるのではないでしょうか。

そういう部分で見当外れなクリエイターにならないよう、
いろいろな作品を見て、プレイして、ゲーム以外のものにも目を向けて、
勉強もして、技術も学んで、こだわって、腕を磨いています。

ユーザーの方からアイデアで、いいものと感じるものは実際に採用してますが、
割合だけでいうとかなり低いです。
はたから見ると「全部却下しているだけ」に見えるかもしれませんが、
私としても安易に採用を決めてしまうわけにもいきません。

これからも、あらゆる意味で、全力で作品を作っていきたいと思います。


メタクロ5年目

思えば長いことホームページやってるなぁ、と。
5年前の9月ですからね。メタクロ作ったのは。

昔は毎日更新をかなり長い間守っていましたが
仕事が本格的になり始めてからは実質、無理になって
更新の負担が大きく、最近はボチボチやってる感じですが、
やはり個人が気軽に何かを発表できる、ってのはものすごく大きいことです。

中学の頃、パソコンで作ったゲームは
その作ったチームのみんなで眺めてプレイするぐらいでした。
チームってのも、部活が一緒の友達って程度で。

高校の頃は自分で書いた小説を友達の間で回すぐらいでしたから。数人ですよ。
それはそれですごく貴重な経験なんですけどね。
学年を進級する時に作る文集みたいなやつにも
少しエッセイくさいこと書いてましたけど、まあ自己満足なんでしょうね。

高校2年の頃、運動部の部長でして、その連絡事項を
教室の、普段使っていない後ろの黒板の端に書いてたら
それがだんだんエスカレートしてきて、エッセイみたいなこと書いてました。

受け持ってる先生のこととか、テレビのこととか。
結構、読んでくれるクラスメイトがいたり、
授業中ぐるっと回ってるときに眺めてくれる先生とかいて
それなりにウケてはいたんです。担任の先生も「文章うまいなぁ」とか言ってくれて。
まあ、「何書いてんだよ」とか思ってる人もいたでしょうけど。
でも他人に自分のものを認めてもらう快感ってのを実感しましたね。

高校の先生の反対を押し切って、
専門学校に行ってプログラムを学び始めました。
自分の好きなプログラムを勉強できるってことがめちゃくちゃ嬉しくて
学校行くのが楽しくてしょうがなかったです。

で、毎日いろんなプログラムを作ってたら
あるプログラムを担任の先生が気に入ってくれて、
同じコースの3クラスの学生全員に配布されました。
これは大きかったです。100人超えてますし。

配布される前に友達には見せてたんですけど
「先生から配布される」ってことで、事前に見せていた以上に認めてくれて。

で、就職して、退職して、無職時代到来です。4ヶ月ですけど。
無職の4ヶ月ってのはホントに大きい。長い。
なんにもする事ない(職探しは別として)毎日ってのはホントにねえ、
ゲームやってもマンガ読んでてもテレビ見てても面白くないんです。

普段、休日にそんなことやってたら、「明日も仕事かー。休めたらなー」とか
「もっと休日多かったら楽しいだろうなー」って思うじゃないですか。
でもね、そういうのは職が保証されてる安心感があってこそなんです。
学生って立場に守られててこそなんです。

いつ就職が決まるのかわからなく、外出する予定もないってのは
一日長いですよ。ただ無意味に食べて寝てる感じがして。
浪費するだけの生活ってのは何の役にも立ってないわけで。
親はなんとも思ってないかもしれないけど、こっちとしては
ただブラブラしているのが申し訳なくてしかたがない。肩身が狭い。

で、多少でも目的を見つけようと思って始めたホームページなんです。
インターネットは1年以上やってましたが、ホームページってのは初めてで。
まあ、昔の流れでエッセイでも書こうかなー、と。
後ろの黒板に書いてたやつを日本中から読めるようにしよう、と。

今読み返すと5年前の文章でも赤面するぐらい、ひどくて恥ずかしいんですけどね。
毎日アクセス数に一喜一憂してました。
「黒いとカッコいい」って変な先入観から背景真っ黒にしちゃって
後から考えるとデザインしにくいのなんの。使える画像も限られるし。
その頃は増えたカウンタ数の8割は自分でアクセスした分でしたね。

でも新しいものを考えて工夫していくってのが楽しくて。
アクセス数っていうわかりやすいダイレクトな評価もある。
自分の能力がどれだけ認めてもらえるかっていう、挑戦なわけです。
これはハマりました。

シーマン日記あたりで結構ドカンと来ましたね。
ちょうどブームってこともあって
毎日のアクセス数の平均がぐっと上がりました。

その頃がアクセス数とホームページのために使える時間とが
ちょうど釣り合ってた時でした。
作った分だけ反応がある。反応があるから作る。
徹夜で録画しながらシーマンをプレイしてました。

ホームページをやってたから出会ったという人も結構いますね。
読者の方もそうですし、たまたま軽い知り合いだった程度の人が
ホームページを見たことでググッと興味を持って近寄ってきてくれた、ってこともあります。

普通ならある程度の時間をかけて、こっちの性格を知ってもらって
それで気が合うかどうか判断しますよね。
でもホームページを読んだってことで、こっちのことはかなりわかってくれてるんです。
それでもなお近寄ってきてくれるってことは相手の一次面接をクリアしてるわけです。
まあ、実際会うとまた違うんでしょうけど。

学生とかも同じで、同じ学校でも
普通ならまず知り合うことのない学生とかいるんですよ。
受け持ってない子なんて話す機会ないですから。
でもどこかでホームページを知って、それがきっかけで話すようになったり。

まあホームページだからこそ恥をしのんで書いたこともあるんで、
リアルで会って、そういう内容を言われるとすごく恥ずかしいですけどね。

そういう意味ではホームページを作っていたのはいろいろと大きいですね。
作業時間とか換算すると儲けみたいなものは絶対にないですから
趣味じゃないと無理ですけど。
見返りを期待して作るんじゃ、割が合わなさ過ぎますから。

そもそも「メタリッククローバー」って言葉はどっから来たんだ、って感じですね。
内容が予想できないタイトルをつけちゃって、結構あとから後悔しました。
きどって名前つけるんじゃなかったって。

でも誰かが言い出したんですよね、メタクロって。
で、徐々にみんな使うようになってきて。
最初の頃は恥ずかしかったです。自分でメタクロって略称使うのは。
周りが使ってないのに管理人自ら使っちゃってますから。カッコ悪い。

アクセス解析はずいぶん前から設置してましたから、
どこからリンクで飛んできたかはすぐわかる。
で、毎日チェックしてリンクを調べてましたね。
新しく紹介されてるページが増えると嬉しいのなんの。

でも最近はアクセス数は昔よりずっと多くなったものの、
作業時間が作れなくて、バランスが釣り合ってません。
バリバリ作ってないのにアクセスだけは勝手に増えていく。
まあ、積み上げてきた貯金で伸びてくれているんでしょうが、
自分としては申し訳なくて。

アクセス解析のリンク元も多すぎて全部チェックしきれない。
検索エンジンや掲示板まで混ざってますから
もうぐちゃぐちゃで。

まあそういう時に苦肉の策でプチメタでした。
ちょっとの時間でも更新できるものを作ろうってことで。
今にしてみれば、ちょっとした時間はあっても
そうそう書き込むネタもないんですけど。

でもおかげで死にかけた更新がちょっと盛り返しましたね。
自分としても、日記やエッセイのように何度も読み返したり
練りに練ったネタじゃなくても、なんでもいいから書き込むってことで
ずいぶん気楽になりましたし。

「プチメタのプログラムはどうやってるんですか」とか聞かれますけど
あれはアイデアだけで持ってますから。
元々は携帯からでも書き込める掲示板プログラムなんですよ。
フリーソフトでそういうのを手に入れて、
デザインを自分の好みに変更するわけです。

で、それをコピーして2つにする。
その片方から書き込みをするためのテキストボックスとかボタンを消すんです。
つまり、読むことしかできない掲示板になる。
で、残したもう1つは私が書き込むためのもの。
そのページのアドレスを知ってるのは私だけなので
私だけが書き込める、と。

2つの掲示板はログを共有してるので
私が書き込んだものを読者の方が、読み取り専用掲示板で読んでるだけです。

まあ、掲示板なのでログに限界がありますから
定期的にログを保存してますけど。
ただそれだけのものなんです。

でも私の目指す作品ってそんなものばかりです。
新しい技術を駆使するんじゃなくて、今用意できる内容で工夫をして
楽しめるものに持っていく。そういうのが好きなんです。
だからゲームとか小説とかエッセイも
ネタを工夫するための時間は使いますが、技術的にはあんまりたいしたことないです。
真似しようと思えばすぐにできちゃいますね。

5年前、夢にまで見た100万ヒットは数ヶ月前に達成したわけですが
作者としての勢いは5年前に勝てるか心配になりますね。

先週新しいページを1から作って、そういうことをふと思い出しました。
ガンメンセーフ!!を公開するまでにかけた3時間、
確かに5年前と同じ気持ちになりました。
猛烈な勢いで自分の中にある完成像と近づける作業。
久しぶりに震えましたね。

で、毎日ちょこちょこと更新作業を続けてるんですが、
ふと見ると、トップページの上スミに書いてあったメタクロ開設日が
ちょうど5年前じゃないですか。

で、こんな文章書いてみました。

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