第二十章

眠っていたネタ

数年前に開発しておきながら、そのまま眠ってしまいそうなネタがあるので
移転記念に披露しておく。
つまらなかったら速やかに忘れて欲しい。

〜非常に衝撃を受けた時に発するギャグ〜
そんなバナナ!

聞き飽きるほど聞いたネタなので
これではインパクトが弱い。オヤジギャグと認定されてしまう。
そこで新しく開発してみた。

そんなハバナ!
そんなハバナ!

南米あたりの知名度の低いエリアを使った国際的なギャグ。
キューバの首都である。
このギャグで笑ってくれる人は地理に強いともわかる。
と思ったら、結構みんな使っているようだ

そこで私としてはさらにもう一歩踏み出してみる。

そんなハバナイスデイ!
そんなハバナイスデイ!

国際的というより、外国人と化してしまうのだ。
ギャグと理解してもらうのも困難になるが、オリジナリティは守れる。
日本人に対してはギャグに、英語圏の人には挨拶になるバイリンガルな言葉。

外国人を描くのにやたら苦労した覚えがあるので
公開してみました。

今日は寝ます。


やっぱり子供が嫌い

今日は独り言などをつぶやくことに。

昔から何度も言ってますけど、子供嫌いなんですよ。ホントに。
そういうこと言うと、たいていの人は
「子供ができると変わる」とか「そういう人に限って自分の子供はデレデレ」とか言うんですけど、
子供嫌いだから子供作らないし。生島の血は俺で途絶えます。ごめんよ父さん母さん。

子供作るなら犬と暮らします(「飼う」という表現はあまり好きじゃないなぁ)。犬は大好きだし。
子供の代わりとか言うんじゃなくて、私の中では明らかに「犬>子供」。
唯一、子供よりマイナスに感じるところは、「自分より先に死んでしまうこと」だけかな。
俺が先に死んだとしても犬は生きていけないんだろうけど。

父親は孫とか見せたらデレデレになりそうだから、
そういう意味では孫の顔見せてやりたいけど、
俺には親孝行できそうにないから、そこは妹にまかせる。
父親も犬好きだから、俺は犬でデレデレにして孝行することにしよう。

「結婚=子供作る」とかいう固定概念をいまだに持っている人は
さっさと「結婚=好きな人と一緒に暮らす」などとでも改めて欲しいと思う。
結婚の結果、その生活に伴って生まれるものが
「マイホーム」だったり「専業主婦」だったり「子供」だったり「ワゴン車」だったりするわけで
「結婚=女性は主婦に」とか「結婚=家を建てるべき」とかいうのは
世の中の夫婦に失礼じゃないのか。

子供が大好きな人の中には、好きな人と暮らすという目的よりも
自分の子供が欲しいという気持ちが大きくて結婚する人もいるだろうし、
それは否定しないけど、全部がそういう人だと勘違いしている人がいてゲンナリする。

子供をかわいいとも思わない俺は、
子供ができることで発生する養育費や学費、各種の届け出、
しつけ、思春期の対応、家の拡大化、保育所や学校とのやり取り、
病気の対応、送り迎え、育児ノイローゼなどの問題や手間ばかり目に付いて、
それならそういったものを全部なくした生活で二人暮しした方が
安心して幸せになれるような気がするし。

生活費としても時間としても子供がいる場合より、かなり余裕ができるはずで
じゃあその余裕分で二人の生活が潤わせた方が有益だと感じるタイプ。
セキララ結婚生活」みたいな生活に最高に憧れる。

結婚はまだまだ考えていないけど、
何かの機会に子供を見るたび「やっぱり子供はいらないなぁ」と思う。

結婚したら「子供はまだ?」っていう鬱陶しい質問を何度も食らうんだろうけど
「まだ」って言い方は「子供はいるの?」って言い方よりもさらに失礼だろう。
「将来的に作る」という前提で質問しないで欲しいなぁ。「結婚はまだ?」も同様だ。
「犬はまだ?」とか「車はまだ?」とかは言わないくせに。

話がズレるけど、こういう固定概念がすごく嫌いで、職場の宴会で女性にお酌されたりすると
すごく気持ちが悪い。嬉しくないし、むしろ気をつかう。
職場の立場や指示ではなく自主的にお酌していたりすると、個人的にはポイントダウンだ。
男女の違いなく、堂々と飲んでればいいのに。

そういう宴会で鍋とかすると、さも鍋の世話用とでも言わんばかりに
鍋ごとに女性が一人割り当てられた座席だったりしてキレそうになる。
女性だからって鍋の世話をやらせようとも思わないし、男性は座って食べるだけとも思わない。
みんなで食べるならみんなでやるか、やりたい人がやればいいのに。

「女性はお酌をするもの」とか「女性は結婚したら仕事をやめるもの」とか
「デート代は男が出すべき」とか「いつかは誰でも結婚するもの」とか
「運転は彼氏がするべき」とかいう何の根拠もない考え方が嫌いなので。
「力仕事は男がする」とか「女性に暴力をふるわない」とかとはまた違うわけでしょ。これは。

個人がそれぞれの特性を生かして
その人自身が自主的に選択した結果なら全然文句はなんだけど、
「○○は○○すべきもの」って決め付けられると納得できない。
下手をするとそれは相手にとって非常に傷つく言葉であったり、嫌な気持ちになったりするわけだし。

まあ、そんなことをウダウダと考えてました。尻切れトンボ。


気になる標識

運転中に見かけるたびに気になっているもの。


「スリップ注意」の標識。

どういう滑り方してるんだコラ!
タイヤの跡が交わっているが、そんなことありえるのか。

「この車よりも前に走っていた車のタイヤ跡と重なった」なんて
見苦しい言い訳は受け付けない。
これを見た大半の人が一台の車のタイヤ跡だと判断するはずだ。

と思ったが、よく考えたら可能だった
口では説明しにくいので動画でお届けする。

タイヤ跡は後輪のものだという前提で。



タイヤの跡が雑なのは勘弁して欲しい。

こんなに激しくスリップしていたとは。もはやスピンではないのか
タイヤ跡が間違っていないことが証明された。

こんなことになったら事故るのは間違いないので
スリップには気をつけよう。


ある日のペットボトル

毎朝、昼食としてコンビニで買い物して
その時にペットボトルを一本買っているのだが
最近寒くなって飲む量が減ったので、一日ではペットボトル一本を飲みきれなくなり
一日半〜二日で一本消費するペースになっていた。

にもかかわらず毎日一本のペットボトルを買っていたので
徐々に職場にペットボトルがたまってきていた。

ふと見ると、机の上の午後の紅茶。


なにか変。午後ティー(「ゴゴコー」という略が正しいと思うが)は
最近気に入っていてよく飲むだけあって、余計に違和感を感じる。

わかった。水面が少し低いのだ。


本来ならこのへんまで入っているはず。
内部の気圧がやや低めになっていて、フタを開けると空気が入って水面が下がるのだ。

つまり、一度開けたことがあるボトルなのだ。
もちろん私が開けたのだろう。

いつ?

たぶん飲もうと開けたのに
別のやつが飲みたくなって、また閉めたのだ。
少しでも飲んでいれば、もっと中身が減って目立ったのに
開けて閉めただけだと違いがわずかなので気づかなかった。

●開栓後はすぐにお飲みください。

明記されているが、まあ冬だし、臭いも味も特別変じゃないし、
大丈夫だろう。

と思ったら破壊力満点でした。

次の日の朝からお腹の調子悪すぎ。
トイレに行っても体調は向上せず、何回もトイレに行きたくなる。
座っていればともかく、立っていると力が抜ける。

もしかしたら前日に食べた焼肉かもしれないけど、
いつ開けたかわからない飲み物はもう飲まないと決めました。

まだ痛い。うーん。


想い出

記憶があやふやな部分もあるが、昔の想い出が蘇ってきたこともあり
身内以外はまったく面白くないかもしれないが、ちょっと書いてみたくなったので書く。

先日、友達の中西(仮名)の結婚式の二次会に参加してきた。

一昨年だったか、友達の尾道(仮名)の結婚式二次会に出席した時に
中西とも何年かぶりの再会をしたのだが、
今度は彼の結婚式なのだ。

尾道とは小学校の時に同じクラスとなって出会い、
高校を卒業するまでの長い付き合いだったが、
小学校の時に彼のつながりで中西とも出会った。

尾道は小学校の時からやたらと背の高いやつだったが
穏やかで大人びた考えを持っていて話していて楽しかった。
中西は尾道とは別の部分で大人びていて、
彼らと話しているとすごく刺激を受けた。

小学校が同じということは当然、家も近所となるわけで、
しょっちゅう集まっていた気がする。

友達といってもゲームで対戦をしたり
空き地でサッカーをしたりという事はまったくしなかった。
他の友達とはしたかもしれないが
中西や尾道とはとにかくいろんなことを話したり考えたりしていた。
ある種「大人っぽく」付き合えるのが唯一彼らだった気がする。

本格的に仲を深めていったのは中学以降だ。

俺たちは陸上部に入り、過ごす時間もより長くなった。
中西は一言で言えば「企画屋」だ。いろんなことを考えて立ち上げていく。
最初にそれを感じたのはゲームを作ろうとチームを組んだ時だ。

俺がゲーム作る道に進もうと決めたのは小学校3年の時だが
チームでゲームを作ったのはこの時が最初だ。
最初のきっかけはよく覚えていない。
中学の頃の生徒手帳のメモの部分にゲームブックっぽいものを書いて
友達にやらせたりしてはいたが、どこからか中西とゲームを作りたいという話になった。

企画屋の中西はすぐにチームのメンバーを集め、準備を整えた。
俺はどちらかというと「技術屋」で、専門的なことを学んだり身につけたりするのが好きだったが
中西は人脈があり、思い立ったらすぐに行動に移す。
それぞれの得意分野がうまく住み分けられていた。

チーム名も考えた。
「WOS」から始まるアルファベットの名前なのだが、
中学生ながらひねったつもりで
英語の頭文字を組み合わせてチーム名にしようと考えた。

そこで問題が起きた。
「世界一のソフト」という言葉を入れたかったのだが
「世界一」という英語がわからなかった。
なにせ中学一年の5月だ。英語力もない。
俺たちはきっと、「世界一」なんだから「world one」だろうという
今では赤面してしまう短絡ぶりの結論で
「世界一のソフト」は「World One Soft」ということになり、チーム名を決めてしまった。

そのチーム名を仲間内に広めた頃に「世界一」は「top of the world」という事実を知り、
今さら修正できないし、「Top Of The World」では頭文字が多すぎるということで、
チーム名は実は「World One Soft」の頭文字ではなく
「World Of Soft」の頭文字なのだ、と強引に定義を変えることにした。
一体何が「ソフトの世界」なのかは不明だが、周囲にバレないうちに変更してしまったのだ。


あの頃はドラクエが大流行していた頃で、ゲームといえばRPGだった。
中西と俺は特に言い合わせたわけでもないのに
ドラゴンクエストへの道」というドラクエのメイキングストーリーのマンガをバイブルとして持っていて、
堀井雄二と中村光一、すぎやまこういちなどの
豪華メンバーが繰り広げる製作現場の姿に胸を熱くしていた。
当然俺たちの作るゲームもRPGとなった。

ドラクエの顔である「スライム」に対抗して
中西が「ムイラス」というキャラクターを生み出した。
単にスライムを逆さにしたネーミングだが、
見た目はスライムとは違ってゴワゴワしていた。
昔のマクドナルドのCMに、カラフルな毛糸に足だけが生えたようなキャラがいたが、
ちょうどあんな感じだった。

ゲームのオープニングに使うため、ストーリー導入部を英語で出したかったのだが
長い文章を英語にするのはとても無理だったので
当時やっていた進研ゼミの赤ペン先生へのメッセージ欄に
だらだらとゲーム文章を書いて、「これを英訳してください」と付け加えた。

英語のプリントだったとはいえ、今考えると非常に迷惑だったと思われるが
赤ペン先生は丁寧に英訳してくれた。感動した。
その後、赤ペン先生は単なるバイトがやっていると知ってショックを受けた。
サンタの正体を知った時よりショックだった。

中西の想い出なのにゲームの話になってきている。
これはまた別の機会に書こう。
ただ、俺が今でもゲームを作っているのは
彼らの影響が非常に大きいことを書きとめておく。

話を戻すが、中西と尾道とはキャンプしに行ったことも何度かあった。
あの頃の乗り物は自転車だけだ。テントを抱えて遠出した。
その時も中西たちが目的地までの経路や必要な道具などをセッティングしてくれて、
私はただ指示に従うだけでよかった。

仲間を集めて淡路島まで自転車でキャンプしに行ったこともあった。
フェリーという名に名前負けした漁船のような船に自転車を積んで海を渡った。
船の激しい揺れに自転車はなぎ倒され、俺たちは命の危険を感じたが
無事に往復できた。

企画屋の中西は「キャンプのしおり」まで作るほどだった。
思い返すと中西と尾道にはずいぶん負担がかかっていたような気がするが、
そういうセッティングをすることも好きなんだろうということはよくわかっていた。


高校に上がっても俺たちは一緒だった。
その頃になると中学の時以上に恋愛話をよくした気がする。
冷やかされる心配をせずに話ができる彼らは貴重だった。

中西の企画で小説を書いたこともあった。
ワープロは家にあったが小説を書いたことはなく
初めて本格的に書いたのはこの頃からだ。

中西の勧めで雑誌に投稿する小説を書いたこともあった。
投稿の賞品が目当てだったのだが、
結果がわかる前に投稿小説コーナーが廃止されることになってしまった。
メタクロに載せている小説「サバイバル」はこの時に投稿したもののリメイクだ。

その他、ここに書ききれないほどいろいろな影響を受けている。
彼は俺が覚えてないほどいろんなグループを作っていたし、
その中のいくつかには俺も参加した。

そして彼は今、趣味をきっかけに興味を持った雑貨の店を開いている。
店を開いたと知らせを受けた時、多少驚きはしたが
それほど不思議には思わなかった。
「やっぱり企画屋の中西だな」
そんな感じだった。

尾道が結婚した時に中西がメタクロのことを知っていると聞いた。
なぜか思い立って俺の名前をネットで検索して発見したらしい。
フロントラインやバーガーメーカーで奥さんとともに遊んでくれているようでありがたい。

二次会でさらに嬉しかったのは、
高校以来会っていなかった石山(仮名)と日々園(仮名)とも話ができたことだ。
高校以来ということは実に10年近く会っていないわけだ。

二人とも学生時代にはかなり話をした仲で
笑いにうるさい日々園に鍛えられたおかげで今のメタクロがあるといえる。
休み時間はいつも話をしていた。ボケとツッコミのノリをずいぶんと学んだ。

石山は1年の時だけ同じクラスだったのだが、気が合ったこともあって
石山は授業中ずっと後ろを向いて俺に話しかけてきて
そのたびに先生に文句を言われていた。
ペン回しでいろいろな技を開発して披露したりしていたのも覚えている。
高校の頃から物事に動じないクールな感じだったが、話をしているとかなり面白いやつだ。
2年以降、文系と理系でクラスが分かれてしまったが
石山は昼休みのたびに遠い理系クラスまで足を運んで、話の輪に加わっていった。

その石山もつい先月、籍を入れたと聞いて驚いた。
高卒で就職した彼は社会人歴が長く、話っぷりが非常に丁寧になっていた。
高校の頃にすでに大人びていた石山にやっと追いついたかと思ったら
石山はさらに大人びていたのだ。
大学に行ってしっかり勉強するのもいいが、社会人歴が長い人ほど「大人」になると日頃から感じる。

中高の知り合いが多かったこともあって、
二次会は同窓会のような雰囲気があり、高校の頃の気分に戻ってはいたが
ふと周りを見回すと、自分の知らない参加者も含めて
みんなずいぶん「いい大人」になっていて、やはり時間は流れているんだとショックを受けた。

学生時代のいろいろな想い出は鮮明なビジュアルとともに思い返せるのに、
自分が自覚していないだけで、自分も他人から見ると「いい大人」なんだろう。
今回話をしなかった同窓生たちも、それぞれ結婚したり仕事したりして
立派にそれぞれの社会人生活を送っているはずだ。
高校以来の10年間はもはや数時間では話しきれないほど大きなものなのだ。

街中(まちなか)やテレビで中年の男性を見ることは多いのに
どこか自分は別の時間軸で生きているような気がしていた。
高校の頃となんら変わらない生活で、相変わらずゲームボーイなぞをしているのに
自分は確実に26歳の人生を進行中で、何も変えなくても数ヶ月後には27歳になるのだ。

人によってもずいぶん違うのだが、老けたと感じる同窓生を見ると
自分も同じ列車に乗っていることが自覚される。
二次会で披露された歌を聞いている時に、そんなことを考えてしみじみと寂しくなった。

学生時代というのは今とは段違いの充実度で進んでいたのだ。
たった3年間であるが、社会人になってからの3年間とは想い出の量が比べ物にならない。
苦労しなくても抜群の鮮度でビジュアル化される想い出を作るのは
今となってはかなり難しいだろう。

学生時代は非常に貴重なものなのだ。
だがそれを実感するのは卒業してからだ。
その場にいる時には気づかないが、
遠く離れるとそこの景色が美しいことに気づくのだ。

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