シーマン日記

シーマン日記 その11

8匹の稚魚は元気に泳いでいる。

この稚魚の事を「ギルマン」と呼ぶようだ。
「ギル」=「えら」という意味らしい。

ギルマン

ちいさなひれがあり、腹の部分は透けていて
中に丸い袋のようなものがある。
頭の上には一本の管があり、泳ぐのに合わせてユラユラと揺れている。

体の大きさはかなり小さく、水槽から離れてしまうと
どこにいるのかわからなくなってしまうほどだ。

テレビのCMで見た時はコイぐらいだと思っていたのに、
これから大きくなっていくのだろうか。

保管器に入っていたエサをひとつ落としてみると
ギルマンのうちの1匹が素早く食べた。


シーマン日記 その12

ギルマンは宇宙語を話す。

説明書を読むと、
「まだ会話はできないがこちらの言葉は理解するので
 話しかけてあげること」
と書いてある。

話しかける時はAボタンを押しながらマイクに向かってしゃべり、
言い終わったらボタンを離す。

言葉がうまく認識されるとコントローラーに「!」マークが表示され、
認識されなければ「???」マークが表示される。

少し話しかけてみよう。

「お、おはよう」 ←ちょっと恥ずかしい
『!』 ←認識
「よろしくな」
『???』 ←認識不可
「げ、元気ぃ?」 ←動揺
『???』
「げ・ん・き?」
『!』 ←認識

認識させるには、ある程度の声でしゃべらなければならない。
普通に人と話す時ぐらいの声の大きさだ。

コントローラーに向かってしゃべりかける22歳の男。
頼む、すんなり認識してくれ。言い直させないでくれ。

隣の部屋には妹がいるんだ


シーマン日記 その13

水槽のヒーターとポンプは古いタイプのものなので、
一定の温度に保つ事ができない。
ほっておくとどんどん水温が下がってしまうのだ。

だから一日2回程度チェックして、
酸素と温度を適度に設定しなければならない。

それに、シーマンは話しかけてあげた方が
よく成長するらしい。
ただ、やたらと話し続けても意味はなく、
一日に10分程度でいいらしい。

しかしまだ稚魚なので宇宙語しか話せないのだ。
3歳ぐらいの子供の声で反応する。

「シーマンは何歳?」
『ナユゥスカ』

「エサ欲しいか?」
『オーレモーレ マチット』

「なんか話して」
『イースルカゲキ!』

「早く大きくなれよ」
『イースルカゲキ!』

「腹減ったか?」
『イースルカゲキ!』

「イースルカゲキ」
『ナユゥスカ』

人の話を聞けぇ!!


シーマン日記 その14

言葉が通じないので話しかけるのは結構疲れる。

楽しいのはエサをあげる時だ。
丸いエサを水槽に落とすと、いっせいにギルマンが集まってきて
そのうちの1匹が奪い取るようにエサを食べる。

コイと同じように、エサをあげる時にトントンと水槽を叩いた方が
よくなつくような気がして、
エサをあげるたびにトントンと水槽を叩いた。

そのうち私になついたのか、水槽のガラスをトントンと叩くと
すぐにこちらに集まってくるようになった。

口々にブツブツと言っている。
声は3歳児なのだが顔はおっさんなので、
8人のおっさんに見つめられているようで恐い。


シーマン日記 その15

早く成長する事を願って毎日少しずつ話しかけてはいるが、
宇宙語しかしゃべらないギルマンは
たいして変化があるわけでもなく、
サボテンに向かって話しかけているような感じで
とても辛い。

早く成長して口ケンカでもしてみたいものだ。

指でつまんで水槽から出してみたが、
ものすごく嫌がったので、すぐ離してやった。

まだ体は小さく、表面もすべすべしている。
イクラに顔がついているような雰囲気だ。
あまりつまむと潰してしまいそうで恐い。
おっさんを潰すのだけは避けたい。


シーマン日記 その16

ギルマンが集まってくるのが楽しくてエサばかりあげていたので、
保管器に入っていた10個あまりのエサは
すぐになくなってしまった。

もうエサはない。
エサを買えるような様子もない。
どうしたらいいのだろう。

早くも食料危機である。


シーマン日記 その17

今日もまたギルマンに話しかける。
言葉を返してくれないのはわかっているのに
話しかけねばならない。

なんだか、愛していない夫のために夕食を作る妻のような、
冷め切った夫婦のような雰囲気のシーマンと私。

「シーマン」
『なーにぃ?』

うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!

クララが立った!!
じゃない、
ギルマンがしゃべった!!!

もう一度聞いてみる。

「シーマン」
『なーにぃ?』

うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!

自分の子供が「パパ」と呼んでくれたような感激である。

反応してもらえると、話すのがとても楽しくなる。

「おはよう」
『おはようございまーす!』

「おはようございます」
『おはよー』

むむぅ。
こちらが偉そうにあいさつすると丁寧にあいさつを返し、
丁寧にあいさつすると偉そうにあいさつを返してくるぞ。

子供の頃から縦社会に適応しているのか。
相手を見て態度を変える。
嫌な大人のようだ。

その態度を改めるよう、ギルマンにデコピンしたら
ちょっと怒った顔をした。

しつけのためだ。
やりたくないが、やらねばならない。
それが親の役目だ。
ギルマンも大人になればわかってくれるだろう。


シーマン日記 その18

「お腹すいた?」
『ナユゥスカ』

「ギルマン、元気か?」
『イースルカゲキ!』

また完全にはしゃべれないらしく、
宇宙語でつぶやく事も多い。

しかし、ある程度反応してくれるのは
全然反応しない時と違って、非常に楽しい。
家族には会話が必要なのだ。

いろいろ話をしてみた。

「シーマン」
『シーマァァァァン!!』

「こんにちは」
『こんにちはー』

「元気?」
『すっごい元気!』

「名前は?」
『自分が先に名乗れ!』

かなり生意気な奴である。
しかし「会話」というよりも、ある言葉に対してある返事を返す、
一往復だけのキャッチボールのようだ。

話していると、

『うんこ、うんこ、うんこ、うんこ!』

うむむ…。
子供だからこういうネタが好きなのだろうか。
しかし、どこからこういう言葉を習ったのだ。
悪い本でも見たのか。

下品なのは嫌いなので、しつける。

「うんこなんて言うな!」
『うんち、うんち、うんち、うんち!』

子供は揚げ足取りの天才だ。
とにかく下ネタを言いたい年頃らしい。

「こらっ」
『こらこらっ』

強く言ってもわかってもらえないようなので
デコピンをする。

ピシッ!

『いて!』

許せ。
愛のムチだ。


シーマン日記 その19

外出から戻り、シーマンの水槽を見てみる。

『水が冷たいよー』

おっと。
水温が下がってきているようだ。
シーマンの適温は15℃〜19.9℃。
ヒーターが古いので、温度が下がりすぎないように注意しなければならない。

ヒーターのスイッチを入れ、水を温めてやる。
しばらくすると、いい具合に水温が上がった。

『くるしゅうない!』

殿様気分のようだ。
生意気な奴め。
沸騰させてやろうか

しかし、おっさんがゆで上がるところは見たくないので
やめておいた。


シーマン日記 その20

あとから聞いた話だが、シーマンの稚魚の時には
エサはあげないでいいらしい。
ギルマンの腹の部分に栄養袋が持っており、
そこから栄養を得ているらしいのだ。

逆にエサをあげてしまうと成長が遅くなるのだそうだ。

まあいい。
成長が遅くなっても立派な大人になれば
パパはそれでいい。


シーマン日記 その21

ドックン、ドックン…。

なんだ、この音は。
どこから聞こえているのだ?
なにか心臓の鼓動のような…。

水槽を見回してみる。

うお!!あれは!!
1匹のギルマンが、頭から生えている管を別のギルマンの腹に刺し、
ゴクゴクと吸っているではないか。

血を吸ってる!?

ドックン、ドックン…。
音に合わせて管の膨らみが移動する。

吸われてる方のギルマンの顔から生気が失われていく。
小さな悲鳴のようなものが聞こえる。

ドックン…。

ひときわ大きく音がしたあと、血を吸っていた管が外れ、
吸血したギルマンはスイとどこかに泳いでいった。
そして、吸われた方のギルマンはゆっくりと腹を上にして
水面へと浮かんでいく。

目と口がだらしなく開いたままプカプカと浮かんでいる。
間違いない。死んでいる。

やがて、体内の浮き袋から空気が抜けきったのか、
ゆっくりと水槽の底に沈んだ。

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