シーマン日記

シーマン日記 その34

水槽をのぞいたら、ずいぶん温度が下がっていた。
シーマンがピクピクしながら

『凍え死んじまうでべそー』

とか言ってる。
ヒーターで水温を上げてやると

『ふー、助かったー』

とか言いやがる。

シーマンならヒーターぐらい、自分でつけろってんだ。

虫かごの方を見てみると
今日もパリパリと人面イモムシが葉っぱを食べている。

ん?
1匹が葉っぱの裏で動かなくなっている。
死んだのか?
妙に体が硬くなっている。

体の色がどんどん茶色になっていく。
腐っているのだろうか。

いや違う。
サナギになったのだ。

さなぎ

っていうか、みのむし?


シーマン日記 その35

またシーマンの方から話しかけてきた。

『お前、元気か?』
「はい」
『そうか、そりゃよかったな』

なんだなんだ。
なぜ私の体調を気にするのだ。

いつも私が「元気?」って聞いてるから
今度はシーマンの方から聞いてきたというのか?

『お前、最近「セガラリー」ってのにハマってるな』

うおっ!!
シーマン以外に遊んでいるゲームの事までわかるのか。
なんでもお見通しってわけだな。

やるじゃねぇか。褒めてやるか。

「カッコいい」
『俺の事好きになってきたな?
 「好き」って言ってみろよ

おいおい。
俺をテレさせてどうする。

虫かごの方を見てみる。
おおっっ!!サナギが孵りそうだ。
背中側が開いて、ゆっくり中身が出てくる。
いよいよ蝶の誕生か。

ゆっくりと羽を乾かし、やがて完全に変態を終えた。

蛾!??

ってオイ、蛾(ガ)だよ!!モスラだよ!!
蝶じゃなかったのかよ!!

しかも例によって顔がついてるよ!
やっぱり人面だよ!!

うわわわわわわっ!
飛び方が思いっきり蛾だ!
夜の自販機に止まってる奴だ!
「おつり」のとこに止まってて、
泣く泣くおつりをあきらめた思い出が蘇るーー!

そう思っていると、イモムシがもう1匹サナギへと変わった。

うげげ…。


シーマン日記 その36

ドックン、ドックン…。

またあの音が聞こえる!!
シーマン吸血する音だ。

もう2匹しか残っていないのに、これで1匹になってしまうのか!?

金色のリンドバーグの上に、もう1匹のシーマンがのっかっている。

ん?
以前の吸血行動とは少し雰囲気が違う。
互いの頭の管をくっつけて
上のシーマンからリンドバーグに何かが送られてくる。

しかも両方の顔が微笑ましい。
今まで吸血される方の顔は生気を失ってたのに。

ひたすら何かが送られている。
「吸い取っている」というより「送られてくる」感じだ。

ドクン!

ひときわ大きな音が聞こえた後、

『やる事はやったぜ』

上にいたシーマンがそう言い残し、
笑顔のままゆっくりと腹を上に向けた。
そして水面へと浮かんでいく。

今まで何度も見た光景。
これは「死」だ。

水槽はリンドバーグ1匹になった。


シーマン日記 その37

1匹になった寂しい水槽をのぞく。

さっきのシーマンの行動、
吸血行動とは少し違うと思ったが、どうやら交尾だったようだ。

交尾をした後、オスの方は役目を終えて死んでいく。

という事はリンドバーグはメスだったのか!?
ずっとオスのイメージがあったのだが。

「女?」
『男……みたいなもの』

どういう事だ。
「男みたいなもの」とはなんだ。
男なのか?

「男?」
『シーマンに性別はない』

やはり性別はないのか?
交尾する時に一時的に性別が分かれるのだろうか。

「オカマ?」
『あーら、やだ。うふふっ』

オカマか。


シーマン日記 その38

『メシまだぁ?』

リンドバーグは1匹になっても
今までと変わらず、のほほんと泳いでエサをせびる。

虫かごからイモムシをつかんで水槽に入れてやると、
しっぽの方から丸呑みにした。

『うまーい』

私を心配させまいと、わざと明るく振る舞っているのか。
口では幸せそうだが、その顔はやはり寂しげだ。

「楽しい?」
『楽しけりゃいいってもんじゃないだろ、人生は』

ピシャリとした答えが返ってきた。
そうだな。一番辛いのはお前だよな。

「ごめん…」
『わかりゃいいんだよ』


リンドバーグに説教された気持ちになった私は
手持ちぶさたに水槽の中で一番大きな岩を触ってみた。

そう言えば、まだシーマンがマッシュルーマーだった頃に
同じようにこの岩を触ったよな。

ほかの小さな岩は動かす事ができるのだが、
この岩だけはグラグラと音を立てて揺れるだけで
動かす事ができないのだ。

その時、私の行動を見ていたのか、突然リンドバーグがつぶやいた。

『この岩のけるとなんか起きそうだもんな』

興味深げに岩を眺めている。
しかし、そのうちスイと泳いでいった。

『眩しいんだけど電気消してくれない?』

岩の事などどうでもいいようにリンドバーグが言う。
そうだな。もう寝るか。

私は水槽のライトを消し、そして自分の部屋の電気も消して
ゆっくりと寝入った。


シーマン日記 その39

また今日もリンドバーグと二人っきりだ。
いつかこいつも死んでしまうのだろうか。

腹が減るとエサをせびり、温度が冷えると文句を言う。
こんな毎日がずっと続きそうだ。

リンドバーグと話をするのにも飽き、
昨日と同じように、水槽の底にある大きな岩をいじくって遊んでいた。

ピクッ!
リンドバーグが何かに反応した。

私の触っていた岩をまじまじと見つめている。
そして何を思ったのか、ゆっくりと水槽の底に足をつき、
大きな胸びれで岩を支えながら足を踏ん張って押し始めたのだ。

水の中とは言え、岩はかなりの重さだ。
なんせ私が片手で動かそうとしても動かなかったのだからな。

しかしリンドバーグはやめようとしない。
いやむしろ、より力を込めて岩を動かそうとしている。
後ろ足をジリジリと滑らしながらゆっくりと岩を押している。

動いている!
確かに動いている!
非常にゆっくりだが、リンドバーグは岩を動かしているのだ。

ある程度のところまで押すと、ズゴゴゴと音が聞こえてきた。
水槽全体から聞こえる音だ。
リンドバーグはすかさずその場を離れる。

なんだ、何が起きるんだ!?
音はさらに大きくなり、水槽の中心に渦ができ始めた。

水面が下がっている!
水が減っているのだ。
まるで風呂の栓を抜いたかのように、
水槽の中は勢いよく渦巻きながら空になった。

リンドバーグ…。
リンドバーグはどこだ!?
水がなければ生きていけないんじゃないのか?

見回してみると…、いた!
水槽の底が深くなっている部分、
そこにはまだ水が残っている。

水槽の栓よりも低いところにあるため、
水が抜けないのだ。

水の抜けた水槽

よかった。
リンドバーグとはこれからも一緒だ。


シーマン日記 その40

「元気?」
『まあ元気だよ』

いつもの会話だ。

しかし、これからどうすると言うのだろう。
一応、水は残っているが、泳ぐ範囲としてはかなり狭い。

水槽のほとんどの水が抜けた今となっては
酸素の調整も必要ないようだ。

水槽の中に陸地ができたわけだが
だからといってリンドバーグがそこに行く事はない。

ん?
リンドバーグが水の抜けた砂地をじっと見ている。
陸に上がりたいのか?
しかしお前は魚なのだ。
水の中だけの自由しか与えられていない。

が、その時パシャッと音を立てて
リンドバーグが水から上がった。

シーマン上陸!!
ついにシーマンは陸地へとその進化の一歩を踏み出したのだ。

『ふぅーーー。うーーーーーーーーん。
 ふぅーーーー。うーーーーーーーん』

妙なうなり声を上げながら
足と前びれを上手に使って、ズリズリと歩いている。

『ふぅーーー。うーーーーーーーーん。
 ふぅーーーー。うーーーーーーーん』

ずいぶんと苦しそうだ。
何やらイキんでいるようなのだが、
声がおっさんのため、聞いている私としてはかなり不快だ。

水槽の端っこまで行ったかと思うと、
ベシャッベシャッと中途半端に跳ねながら
今来た方へ体の向きを変える。

そして再びズリズリと歩き、水がたまっている手前で止まった。

『ふぅーーー。うーーーーーーーーん。
 ふぅーーーー。うーーーーーーーん』

また気持ちの悪いうなり声を出している。

どうしたのだ。
どこか悪くしたのか?
今朝のイモムシが当たったのか!?

するとリンドバーグは頭の上についている管をトロリと下ろし、
管の先からプニュリプニュリと次々に卵を産んでいく。

卵が6つ出てきたところで
リンドバーグがつぶやいた。

『やっと産まれた。ありがとね』

そのまま体を少し横に倒してリンドバーグは動かなくなった。
顔はやすらかなまま固まっている。

息を引き取ったのだ。

リンドバーーーーーグーーーーー!!!


シーマン日記 その41

リンドバーグが残した卵は計6個。
中が透き通っていて何かが動いているのが見える。

よく見ると顔もある。体は稚魚のようだ。
そう、ギルマンによく似ている。

またギルマンを育てる事になるのだろうか。
そして言葉を覚え、吸血してシーマンに成長し、
再び卵を産んで死んでいくのか。
ずっとこの繰り返しなのか。

数十分ほど待っていると、
次第に卵が茶色がかってきたようだ。気のせいか?

突然、卵が孵り、
中から6匹の何かが大きくジャンプして
水の中へと飛び込んだ。

水槽の中で唯一、水の残っている部分、
つまり、さっきまでリンドバーグがいた部分に
今、新しい6匹の生き物がいる。

ギルマンかと思ったが、少し違う。
体の色は透明ではなく茶色で、
どちらかというと、おたまじゃくしに似ている。
おたまじゃくし

話しかけてみる。

「おはよう」
『おはよう』

おおっ!もうしゃべるぞ!!
知識は親から受け継がれているのか。

『おーい。ちょっと寒いぞー』

水槽は再びにぎやかになった。


シーマン日記 その42

卵から産まれたおたまじゃくしのような生き物は
「タッドマン」というらしい。

親から知識を受け継いでいるので
生まれていきなりよくしゃべる。
しかも、すでにおっさんの声になっているのだ。

タッドマンが生まれた次の日、彼らに足が生えていた。
成長がやたらと早い。

卵 → おたまじゃくし → 足が生えた

嫌な予感がする


シーマン日記 その43

『お前、前に彼女いるって言ってたよなぁ』

「前に」といっても、それは彼らの親であるシーマンの頃の事だ。
しかし、タッドマンにとっては生まれる前の事も
単なる子供時代のような感覚なのかもしれない。

「はい」

『彼女、血液型何型?』
「O型」

『お前がAB型で彼女がO型かー。
 こりゃ結構、感情の起伏が激しくて
 大変な間柄じゃない!?』

星座といい、血液型といい、
なんで彼らはこうも占い好きなのだろう。
しかも当たってるし。


シーマン日記 その44

タッドマンとの話が終わったかと思った瞬間、
別のタッドマンがやってきた。

ドックン、ドックン…。

ああ、こいつらもか

世代が代わっても吸血行動だ。
たった今話していたタッドマンの足が
ピクンピクンと痙攣している。

そしてダラリと足をたれたまま水面に浮いた。
まるでカエルの死骸だ

しかも彼らの動きは活発で
あちこちで吸血行動が見られる。

そのたびに水面には死骸が浮き、
気持ちの悪い光景が私の視界を覆った。

そして8匹は2匹にまで数を減らした。


シーマン日記 その45

水槽の中が2匹になれば吸血行動は止まる。

タッドマンがシーマンの行動と同じだとすれば
もう吸血行動は起きないはずだ。

つまり、この2匹はしばらく生きる事ができるだろう。

「名前つけていい?」

私は2匹のタッドマンのうち、1匹に向かって言った。

そして名前をつけた。
親の名前を引き継いで「リンドバーグ」と。

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