シーマン日記

シーマン日記 あとがき

シーマンを普通にプレイしていた時、
ネットを見回ると「シーマン観察日記」を書いている人がたくさんいた。
面白いもの、面白くないもの、いろいろあったが
それを見て自分も書いてみようと思ったのが
最初にシーマンをクリアした後だ。

まず念頭に置いたのが
「ゲームをプレイした事ない人でも
 楽しんで読めるエッセイにする事」
である。

プレイした人が経過をなぞって確認するだけの
観察日記では全然面白くないのだ。
それは、いろんなシーマン観察日記を
見て回ったのでわかっていた。

ゲームについての自分の意見などを
エッセンスとして使いながら書いているものほど面白い。
そう、主役はシーマンではなくて作者の方なのだ。

それにメタクロはゲーム攻略ページではなく
テキストサイトだし。

第二に
「『ゲームソフト』という意識を遠ざけるように書く事」
である。

冒頭にはゲーム購入時の事を書いているが、
その後は一切「コントローラー」や「ドリームキャスト」や
「テレビ画面」といった、ゲーム的な言葉を出していない。
せっかくシーマンとのやり取りを書いているのに
感情移入できなくなってはダメだと判断したのだ。

シーマンは実在の生き物だと錯覚させるぐらい、
現実的に存在するような表現をした。

第三に、
「感動的な方向に持っていく事」
である。

あのふざけたシーマンの姿はどこでも笑いのタネになるだろう。
実際、シーマンはカッコ悪い。
しかし、うまく書けばシーマンでさえ
読者を感動させる事ができるのではないかと感じた。

そのため、笑いばかりではなくシリアス部分も含めた。
若干、小説のような要素を混ぜた。

ただ、問題がひとつあった。
シーマンの姿を一度も見た事がない読者がいるのだ。

いくら文章で書くといっても、風貌を知らないのでは
雰囲気が伝わらない。

そこで、あの挿し絵である。
決してうまいとは言わないが、
ある程度、想像を助け、
また、想像させる余地を残さないほど完璧でもない。
あれを画面写真にしてしまうと
イメージは完璧に伝わるが、一気にゲームっぽくなってしまうだろう。

あくまで結果論だが、意外といい方向に働いているのではないか。

そしてシーマンの様子を思い出しつつ書いてみたが
なかなかうまく書けない。
普通にプレイすると20日間はかかるゲームなので
さすがに細かいところまで覚えていないのだ。

そのため、ゲーム機のタイマーをいじり、
12時間ごとに時間を進めながらプレイした。
重要な会話はパソコンに打ち込んで記録する。

しかし、仕事が忙しい毎日だったので
時間を何日まで進めたのかわからなくなってしまった
電源を入れるとシーマンは餓死していた(即セーブされる)。
失敗。

また最初から時間を進めてプレイする。
順調に記録しながら育てていく。
シーマン日記を公開したあとの読者の反響もよく、
短期での更新のために、かなりがんばった。

土曜日の深夜、来週に更新できるように
眠い目をこすりながらシーマンをプレイしていたが、
午前3時、ウトウトと眠ってしまった

午前8時、ハッと目が覚めると
シーマンは温度が下がりすぎて凍死していた(即セーブされる)。
失敗。

さすがに更新意欲がどん底まで落ち込む。

再び卵から育て直す。
次は長いセリフを正確に書き移すためにも
重要なシーンをビデオに録画しながらプレイする。

後半、シーマンが長いセリフをしゃべり出すと
書き写すのも大変な作業となり、
また、エッセイとして味付けするのも難しくなった。

しかしながら、クライマックスは感動的な方向へと運び、
少しだけオチもつけた。

結果、シーマン日記はそれなりの反響を呼び、
シーマンを知らない読者も楽しんでもらえた。

4回もプレイする事になった私は、
しばらくはシーマンの顔も見たくないので、
今は電源を入れていない。

これがシーマン日記の裏側である。
さあ、次はどんなエッセイを書こう。

シーマン日記 完


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