七冊目
5月26日(昭彦34歳)
美紀が押し入れから日記を見つけた。
私の日記だ。
たしか、裕が生まれる直前まで書いていたやつだ。
裕が生まれてからは、忙しくて日記をつけてる暇なんてなかったから
そのまま押し入れにしまい込んだんだな。
美紀には俺が日記をつけていたなんて言ってなかったから
気恥ずかしかった。
日記を読み返すと懐かしくて涙が出た。
昔ほど頻繁には無理だが
また、ゆっくり日記をつけてみようと思う。
6月17日(昭彦34歳)
裕が私の顔の絵をくれた。
もうすぐ父の日だから幼稚園で描いたらしいが
とても嬉しかった。非常に感激した。
4月2日(昭彦35歳)
裕とランドセルを買いに行った。
もうすぐ小学校に通うからだ。
気に入ったらしく、ずっと家の中でランドセルを背負っていた。
9月12日(昭彦35歳)
日記を書く気がしない。
書くことがないと言った方が正しいかもしれない。
毎日変化のない生活だ。
昔のように毎日わくわくする事もない。
2月3日(昭彦37歳)
ふと気づくと裕が大きくなっている。
本当に驚くほど成長するもんだな。
11月23日(昭彦38歳)
今日は10年目の結婚記念日だった。
私は完全に忘れていたが、
美紀がやけに豪華な食事を作って待っていたのだ。
こういうのもなかなかいいものだ。
6月1日(昭彦39歳)
課長に昇進した。
美紀に電話で伝えるとケーキを用意してくれていた。
3月23日(昭彦41歳)
裕が今日、小学校を卒業した。
もうそんな歳かと思うと早い。
7月17日(昭彦41歳)
日記を書いても、まったく楽しくない。
変化のない毎日だからだろうか。
6月10日(昭彦43歳)
最近、裕が口を利こうとしない。
夕食が終わるとすぐに自分の部屋に行くのだ。
美紀ともあまり話をしないようだ。
これが反抗期というやつだろうか。
10月10日(昭彦45歳)
父が死んだ。
かなり前からガンで入院していて
ついに今日逝ってしまった。
72歳。十分な人生だったと思う。
5月16日(昭彦46歳)
裕が長電話ばかりしていると美紀が言っていた。
電話代も馬鹿にならないようだ。
そんなに話があるなら直接会えばいいと思うのだが。
10月2日(昭彦47歳)
美紀も昔とはずいぶん変わった。
家事が大変だと言いながら、いつも愚痴をこぼしている。
8月23日(昭彦48歳)
ろくに書く事もないのに、たまにこの日記を開いてしまうのは
なぜだろう。
何かを書いて生活に意味がある事を確かめたいのだろうか。
7月20日(昭彦49歳)
高校の時の同窓会の誘いが来た。
今年50歳になる記念に行うそうだ。
行ってみようと思う。少しでもいつもと違う事がしたい。
8月7日(昭彦49歳)
三年前に隆志が事故で死んだらしい。
同窓会で集まった時に友人から聞いた。
ふっと力が抜けた。
あれだけ私を苦しめた男が、いとも簡単に死ぬとは。
5月11日(昭彦53歳)
裕が家に男を連れてきた。
結婚したいと言う。
なんだかわからないがカッとして追い返した。
とても驚いた。
いつの間にかそんな歳になった裕に。
その裕を取った男に腹を立てた自分に。
5月12日(昭彦53歳)
裕にずいぶん文句を言われた。
真剣に結婚したいようだ。
もう一度連れてくるように言った。
5月18日(昭彦53歳)
裕と付き合っている男がまた家に来た。
私に結婚の承諾をさせるためだ。
ちゃんと仕事もしていて真剣な気持ちのようなので
結婚を許した。
いや、むしろ裕をよろしく頼むといった感じだ。
6月15日(昭彦53歳)
裕が来年の6月に式を挙げるらしい。
いろいろ準備に忙しそうだ。
6月17日(昭彦54歳)
明日は裕の結婚式だ。
夜、裕に「今までお世話になりました」と言われ、
不覚にも泣いてしまった。
6月18日(昭彦54歳)
裕の結婚式が終わった。
花束贈呈の時にもまた泣いてしまった。
自分がこんなに泣き虫だと初めて気づいた。
裕は明日から新居に移るらしい。
今日は最後の家族団らんというわけだ。
7月20日(昭彦54歳)
裕が嫁に行って一ヶ月が経つ。
裕がいないと家がかなり静かで寂しい。
ポッカリ穴が空いた感じだ。
裕が生まれる前も二人だけだったのに
いつの間にか三人が当たり前になっていたんだな。
10月13日(昭彦56歳)
裕が男の子を生んだ。
私の初孫だ。
病院で顔を見てきたが、とてもかわいかった。
裕の生まれた頃を思い出して涙ぐんでしまった。
3月3日(昭彦56歳)
母が死んだ。
最後までとても元気な母だった。
本当に幸せに人生を送っていたので
亡くなってもそれほど悲しくなかった。
7月20日(昭彦57歳)
あと三年で私も定年だ。
私は昔から趣味らしき趣味もない。
スポーツも苦手だし、ギャンブルもしない。
仕事ばかりしていた。
両親も死に、子供も嫁いだ今、
いざ定年といっても何をして過ごせばいいのだろう。
7月21日(昭彦57歳)
昨日考えた定年後の事を美紀に話すと
「私がいるじゃない」と言われた。
そう言われて、とてもホッとした。
当たり前の事だが、とても安心できる一言だった。
そう。また二人で生きていけばいいのだ。
いろんな事を話しながら。
今日でこの日記は閉じる事にしよう。
私にはもう必要ない。