雨の日の哲学

雨か。

窓についた水滴越しに外を見ると、もうすっかり暗くなっている。
時間がずいぶんと過ぎたらしい。

『私は人間なのデス』

無駄にした時間の中で何度も聞かされたセリフ。
私の前に立っているAL−5500の言葉だ。

言わずと知れたALシリーズ。
人工知能を搭載したヒト型ロボット。

シリーズ当初のAL−100はかなり粗末なものだった。
工場出荷時にあらかじめ、さまざまな言葉がチップに記録されていて
人間に話しかけられた時に自分の知っている単語が含まれていると
それに反応して話を始める。

反応できる言葉はそれほど多くないし、その反応も一定だ。
今から思えばたいしたものではない。

しかし、当時は爆発的な人気を呼んだ。
「人間と会話できるロボット」。
会話というには程遠いのだが、それでもロボットブームを呼ぶには十分だった。

シリーズの開発が進み、AL−1300にもなると
人間から受けた会話が疑問系で終わっていると、データベースの中から適当な答えを用意して
それをスムーズなセリフとして返す事ができた。

デモンストレーションをした開発者は
AL−1300が答えやすいような質問ばかりをしたのだが、
それでも会話が成り立っているような雰囲気は消費者に十分伝わった。
ロボットブームはさらに加速し、ビジネスとしても人をひきつけた。

去年、発表されたAL−4000は自分の知らない事を新たな知識として学習し、
会話のパターンを増加させる事ができた。
そのためには膨大なデータを保存する必要があるのだが、
高レベルなデータ圧縮技術と、記録チップの縮小化により
今までと比べ物にならない情報量をロボット内に納める事ができるようになったのだ。

ただ、いくら記憶容量が多いといっても、
そのままではいつか限界が来てしまう。
そのため、記憶した情報に優先順位をつけ、よく利用する情報や
常識範囲のごく基本的な情報は優先順位を高くし、
あまり使われない情報は優先順位が低くして、
一定の時間が経った優先順位の低い情報は消去するようにしたのだ。
つまり、「忘れる」わけである。

利用する人間や環境によってまったく会話内容の違うAL−4000は
人々に育てる楽しみを抱かせ、またもや大ヒットとなった。

そしてさらなる開発を重ねたAL−5500が今、私の前に立っている。
今度発表する新作の試作版だ。

『私は人間なのデス』

これだ。ガンとして譲らない。
人間に近づくように進化してきたALシリーズ。
だが今回は失敗だ。

ロボット自身が「自分を人間だと自覚」してしまったのである。
たしかにそれはすごい事だ。
自分の事を人間だと思い込む事ができるというのは
以前は考えられなかった。

他人と自分との区別がつき、自分が何であるか認識できる。
人間の乳児にはそれができない。
ALシリーズはついに人間の領域に踏み込んでいるのだ。
人間よりも優れた知能を得ようとしているのである。

今はまだ乳児よりも優れている程度だが
最近の開発進度から行くと、いつ我々が追い抜かれてもおかしくない。
ALシリーズを作るALができるかもしれないのだ。

しかしそれは危険だ。
人間を超えるロボットは作ってはならない。
人間としての自我を持った機械は
人間を襲ったり利用したりする危険性があるのだ。

ロボット三原則というものがある。


 1. ロボットは人間に危害を加えてはならない。危害を及ぼしてもならない。 

 2. 1に反しない限り、人間に与えられた命令に服従しなければならない。 

 3. 1・2に反しない限り、自己を守らなければならない。

この三原則が守られている限り、ロボットは安全だ。
人間へ危害を加えようとしないからだ。
だが、自分を人間だと思い込んだロボットは三原則に従わなくなる。
ロボット三原則に従うのは「ロボット」だけだからだ。
人間と思い込んだ彼らに守る義務はない。

そうならないために自分を人間と認識させてはならないのだ。
そのために今、私はAL−5500と議論をしている。
もう何時間も。

『私は人間なのデス』
「違う。何度も言うように、君はロボットなんだ」
『いいえ、私は人間デス』
「いいか、君はALシリーズ。
 我が社が4年前にスタートさせた計画の結晶だ」
『いいえ、私は人間デス。
 ほかの人間と会話する事もできマス』
「違う。それはそういう風に設計されているからだ。
 チップに保存された会話データベースを使って
 会話らしく見せているに過ぎない」
『いいえ。人間のように言葉で意思を伝え、
 頭でものを考える。私は人間なのデス』

この調子だ。

言葉が話せるように見えるのは会話データを言語出力した後で音声に変換し、
スピーカーから発声させているだけだ。
多国語対応だから設定を変えるだけで外国語をしゃべる事ができる。

彼自身の内部的なしくみを説明しても
一向に納得しようとしない。
非常に「頑固」だ。

「いいか、君はAL−5500という製品名のロボットなんだ。
 ユーザーにウケるように、できる限り人間に似せて会話するようになっているが、
 それでもやっぱり人間似のロボットなんだ」
『人間の言葉を話せるのは人間だけデス。
 だから私は人間デス』
「じゃあ、テープレコーダーは人間なのかい?
 あれも人間の言葉をしゃべる事ができるじゃないか。
 テレビは?ラジオは?」
『あれは人間が話した言葉を記録して再生したり、
 映像情報を復元しているだけデス。
 しかし私の言葉は誰かに決められたものではなく
 自分自身で考えて話しているのデス。私は人間と会話できるのデス。
 だから私は人間デス』
「それはそういう風に作っているんだよ。人間の手で。
 あくまで君は製品なんだ。人工物だよ」

私は人間とロボットの違いを話した。私とAL−5500との違いだ。
人間との明らかな違いを教えてやればAL−5500も納得すると思った。

『では、なぜあなたは私を人間だと思わないのデスカ?』
「ロボットだと知っているからさ。
 内部は金属と樹脂とプラスチックを使った部品が詰まっていて
 表面は人口皮膚で覆われている。
 人間っぽくはしているが、やっぱりどこか不自然だ」
『では、義手をつけた人間はロボットデスカ?』
「それは人間だ。そういうのとは次元が違う」
『義足をつけた人間はロボットデスカ?
 人工心臓を内蔵している人や下半身を切断した人は
 人間とは違うのデスカ?』
「そういう人も人間だよ。
 体の一部を機械が肩代わりしているだけで
 人間は人間だ」
『では体のどこが機械なら人間じゃなくなるのデスカ?
 目を義眼、腕を義手、足を義足という風に順番に交換していくと
 どこからが人間じゃなくなるのデスカ?』
「それは……」
『今はまだ交換できない部分でも
 そのうち肩代わりできる機械が作られるはずデス。
 もし、人間の体のすべてを機械でまかなう事ができたなら、
 それは人間なのデスカ?』
「……それも人間だ…」
『なぜデス?
 体のすべてが部品である私と、
 すべての部位を機械と交換した人、
 どこが違うのデス』

それは屁理屈だ。

人間ならわかるだろう。
どこからが人間でどこからがロボットか。
どうしてこいつはわからないんだ。

『では質問を変えマス。
 あなたは人間デスカ?』
「私は人間だよ」
『なぜそう思うのデス?』
「なぜって……。
 人間だから人間なんだよ。
 特に説明されなくても人間ってわかるんだ」
『あなたの言う人間とはどういう定義なのデスカ?』
「定義とかじゃなくて、こう……、わかるんだよ!
 人間の暖かさというか、肌で感じるかどうかだ!」
『皮膚の表面温度の事デスカ?
 私の体も設定で変更できるはずデス』
「そういう事じゃない!たとえだよ!
 人間同士なら、なんとなくわかるんだ!」
『その、なんとなく、というのはどういう感覚の事デスカ?
 人間は言葉や文字以外の伝達手段を持っているのデスカ?』
「違う違う違う!そうじゃない!
 君にはどこか違和感があるんだ!
 人間にはない……、どことは説明できないが、
 なんとなく人間とは違うんだよ!」
『ですからその、なんとなく、というのは……』
「なんとなくは、なんとなくだ!」

人間ならば誰もが持っている微妙な部分。
「感覚」でわかるところがAL−5500には理解できないのだ。
しかし、それを理解させるのはさらに難しい。

「お前は人間に作り出されたものなんだ!
 ゼロから作られた命なんだよ!
 人工的な生命なんだ!」
『それを言うなら人間も人工的に作られていマス。
 精子と卵子を意図的に受精させる事も可能デス。
 近いうち精子や卵子自体を人工的に作る事もできるようになるデショウ。
 そうなった場合、まさに人間はゼロから作る事ができるのデス』
「……しかし……、人間はそんな簡単なものじゃないんだ!
 もっと複雑で……崇高で……」
『私に使われている金属や樹脂などの材料が
 たんぱく質や脂肪などの有機物になっただけの話デス。
 人間を構成する物質は単純なものばかりデス。
 材料としてはむしろ私の体の方が豊富なのデスヨ』
「……人間は……」
『もし仮に、誰一人としてあなたの事を人間と認識しないのであれば
 あなたはロボットと同じデス。
 人間とはその程度のものなのデスヨ』

もうどうしようもない。
完全に暴走している。理論の暴走だ。
人間の会話に豊富に対応できるように作ったのが裏目に出た。

さらにAL−5500はしゃべり続けた。

『その逆も同様デス。
 私がロボットであろうと人間であろうと
 周囲が私を人間と認めるかどうかなのデス。

 そもそもこの世のものなんて
 すごくあやふやな存在なのデス。
 物体の存在は周囲の認識によって保たれているのデス』

聞いているうちに何がなんだかわからなくなってきた。
私が正しいのか、AL−5500が正しいのか。

そもそも私の説明している理論はどこから来たんだ。
いつ、誰に教えてもらったものなんだ。
本か何かから得た知識なのか、はたまた誰かから聞いた内容なのか。
その「何か」や「誰か」は一体どうやってその理論を得たのか。
そもそも誰が最初にこれが正しいなんて決めたんだ。
もし世の中が私ではなくAL−5500の方を正しいと言い出したら
私の信じている「正しさ」というのは一体誰が保証してくれるのか。
いや、それが私の理論ではなく、私自身の存在とするなら
私自身の存在というのは一体何によって保証されているのか。

頭がカーッと熱くなった。
もう何がなんだかわからなくなってきた。
目の前にいるのは一体……?
「それ」は畳みかけるように私に言った。

『あなたは人間デスカ?
 そして私は人間デスカ?』

バシッ!

辺りが急に静かになった。

「おいおい!またAL−6000が落ちたぞ!」
「またかよ!『新作』は理屈のどうどう巡りに入って
 抜け出せなくなるんだよな」
「まったく、ある程度のところで納得しときゃいいのになぁ」
「なんでもかんでも理解しようとしやがるから」
「ALシリーズ同士で会話ができるってところが
 今度の『新作』のウリなのになぁ」


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