ロピ
これは今よりも少しだけ未来の話です。
いえ、もしかしたらあなたの世界とは別の世界の話かもしれません。
とにかく今とは違うどこかの話なのです。
あるところにロボット博物館が建っていました。
世界中のロボットがそこに集められ、いろんな人がそれを見に来るのです。
料理をするロボットや建物を作るロボット、
ロボットを作るロボットまでここにはあります。
そんなロボットの中でも最新型のものが
博物館の入り口の所に立っている「MP−2000」です。
彼は博物館のお客さんに挨拶をして、チケットを受け取り、
さらに展示品の案内まで、いろいろな仕事をすることができます。
しかしそんな彼とは逆に、古ぼけた時代遅れのロボットもいます。
博物館のすみで掃除をしている「ロピ」です。
最新型のロボットにくらべ、ロピには細く綺麗な指もなく、
2本の半円状の指で物をつかむことしかできません。
ずん胴な体で、歩くとガチャガチャとうるさい音がします。
ロピもロボットですが、ロピを目当てに博物館に来るお客さんはいません。
みんな最新型のロボットを見に来るのです。
だからロピはいつも掃除の仕事ばかりしています。
「おい、ロピ。お客さんのいる時に掃除をするんじゃない。
博物館が閉まっている夜にやるんだ」
「ハイ。スミマセン」
その掃除すら満足にできないので、
ロピはいつも博物館の館長さんに怒られています。
館長さんに言われたので、ロピは昼の間、壁のそばで立っている事にしました。
何十人ものお客さんが博物館に入ってきますが、
みんなロピには目もくれようともせず、他のロボットを眺めています。
こんなロピでも数年前は大人気でした。
毎日いろんな人が見に来て、テレビにもいっぱい出ました。
でもその数ヶ月後には次のロボットが開発されました。
するとみんなはそのロボットを見に来るようになりました。
新しいロボットは料理をする事ができたのです。
ロピにできる事といえば掃除とおしゃべりぐらいです。
ロピも料理をしてみようと思いましたが
ロピの手では卵がつぶれてしまいました。
次にできた新しいロボットは掃除ができました。
掃除ならロピにもできますが、
ロピには新しいロボットのように雑巾をしぼる事ができませんでした。
ロピは誰にも見向きされなくなりました。
ロピは少しさみしかったのですが、
博物館の掃除をさせてもらえたので、それを一生懸命がんばりました。
ロピは昼間、ロボットを見に来るお客さんを眺め、
夜になると掃除の仕事をしました。
でもある日、ロピは博物館に来たお客さんの中の女の子を見て
不思議な気持ちになりました。
胸の辺りが少し重く感じたのです。
ロピはショートしたかなと思って館長さんに見てもらいましたが、
何も異常はありませんでした。
でもロピは変でした。
ロピのようなロボットは、記憶を無駄に使わないように
日付が変わるたびにいらない記憶は自動的に消えるようになっているのですが、
ロピは何日経ってもその女の子の顔が忘れられませんでした。
それどころか、いつも女の子の事ばかり考えてしまいます。
そしてついには会いたいと思い始めました。
でもロボットが博物館の外へ出る事は禁止されています。
もし外で故障したら帰ってこられなくなるし、
何か危険な事が起きるかもしれないからです。
でもロピは会いに行きたくて仕方がありませんでした。
掃除の仕事をしなければならない時も
ずっと女の子の事を考えていました。
そこで、ロピはお祈りしてみました。
テレビで人間がしているのを見た事があるのです。
神様に祈ると願いが叶うのです。
ロピは両手をくっつけて祈ってみました。
「神様、ドウカ人間ニシテクダサイ」
でも何も起こりませんでした。
ロピは最新型ロボットのMP−2000に
聞いてみました。
「人間ニナルニハ、ドウシタライイノカナ」
するとMP−2000はスラスラと答えました。
「ロボットが人間になる事は不可能です。
そんな事よりもロボットとしての仕事を完璧にこなしましょう」
でもロピは女の子に会いたくてたまらなかったので、
毎晩祈る事をやめようとはしませんでした。
しかし女の子の事が気になって、掃除の仕事も失敗する事が多くなり、
ロピは前よりも館長さんによく怒られました。
ある晩、ロピがいつものように祈っていると
どこからか声が聞こえてきました。
「ロピ。お前がそんなに願うのなら昼の間だけ命をあげましょう。
でも夜になったら、ちゃんとロボットとしての仕事をするのですよ」
その声がどこから聞こえてきたのかロピにはわかりませんでしたが
もしかしたら今の声が神様かな、とロピは思いました。
次の日の朝、太陽が昇るとロピの体は徐々に人間へと変わっていきました。
ロピの不細工な手が、だんだんと細い指に変わっていきます。
ずん胴だったボディはスラっとした体へと変わりました。
足の先まで人間のものとなり、跳んだり跳ねたりもできるようになりました。
歩いてもガチャガチャとうるさい音がする事もありません。
ロピは嬉しくてたまりませんでした。
ついに人間になったのです。
なんと素晴らしい事でしょう。
料理ができるロボットよりも建物を作るロボットよりも
そしてMP−2000よりも、とてもとても素晴らしい事でしょう。
ロピはこれが「命」なのかなと思いました。
そしてロピはお客さんとして博物館のロボットを次々と眺めてみました。
どんなに素晴らしいロボットよりも、人間になったロピの方が
素晴らしく思えました。
いつもロピを叱る館長さんも、人間になったロピには気がつかないようでした。
ロピは嬉しくてずっと笑っていました。
笑う事も人間になって初めてした事の一つでした。
そしてロピはついに女の子に会いに行こうと思いました。
人間になった今なら女の子に会う事ができます。
女の子と話をする事もできます。
ロピはまず女の子の事を調べました。
博物館のお客さんの管理をしているMP−2000に聞いてみると
女の子が住んでいる家の住所がすぐにわかりました。
早速ロピはその場所へ向かいました。
人間になったので博物館の外に出ても誰も文句を言いません。
初めて外に出る喜びと、女の子に会える嬉しさで
ロピは幸せでたまりませんでした。
ついに女の子の家に着きました。
ロピはずっと走ってきたので、とても早く着く事ができました。
胸がどくどくと鳴っています。
ロボットだった時にはなかった感覚です。
その家のチャイムを鳴らすと女の子のお母さんらしき人が
出てきました。
ロピが女の子の事を聞くと、お母さんは悲しそうな顔をして
ロピを車でどこかに連れて行きました。
しばらくして車が着いた所は病院でした。
お母さんの話によると、女の子は少し前から病気にかかり
今はずっと病院の中にいるようです。
ロピは女の子の病室まで行き、そして中に入りました。
女の子は少し驚いた様子で言いました。
「あなた誰?」
ロピはどうしたらいいかわかりませんでしたが
女の子に向かって言いました。
「友達になってください」
女の子はまた驚いた顔をしましたが
すぐに笑って「うん」と言いました。
ロピはとても嬉しくて、知ってる事をいろいろ話しました。
女の子もいろんな事を話してくれました。
ロピはずっと胸がどくどくしていました。
ロピは、夜になる少し前に博物館に戻ってきました。
日が沈むと、ロピは元の体に戻りました。
そして館長さんの言う通りに掃除の仕事をするのでした。
次の日の朝になると、ロピはまた人間になっていました。
ロピはまた昨日のように女の子の病院まで行って
夜になる少し前まで話をしました。
そして外が暗くなってくると博物館に戻ってきて
掃除の仕事をしました。
そんな風にしてロピは毎日女の子に会いに行きました。
ロピは人間というのはなんて素晴らしいのだろうと思いました。
そんなある日、女の子のお母さんがロピに秘密の話をしました。
それは、女の子の病気はもう治らなくて、もうすぐ死んでしまうというものでした。
ロピは館長さんなら直せるかなと思いました。
ロピが毎日女の子に会うようになってから
夜の掃除の仕事もなんだかうまくできるようになり、
館長さんに褒められる事も多くなりました。
ロピは昼も夜も両方幸せでした。
またいつものようにロピは女の子に会いに行きました。
するといつもと様子が違っていました。
いつもは病室の中に女の子とお母さんしかいないのに
今日はなんだか人がいっぱいいます。
ロピは何か変だなと思いました。
女の子もいつものようにいましたが、
今日はなんだか元気がありません。
そしてロピが来た事に気づくと
女の子は小さな声で言いました。
「友達になってくれてありがとう」
そう言って女の子は目を閉じました。
ロピはお礼を言われて照れくさくなりました。
でも女の子のお母さんは泣いていました。
ロピはまたなんだか変だなと思いました。
そしていつものように女の子に話しかけましたが
女の子は何も聞いていないようでした。
ロピはお母さんに「どうしたの」と聞いてみました。
お母さんは「この子はもう生きてはいないのよ」と言いました。
ロピはもう一度女の子に話しかけてみました。
でも女の子は目をつぶったままでした。
ロピはもう一度女の子に話しかけてみました。
でも女の子は口を閉じたままでした。
ロピはなんだか嫌な気持ちになりました。
もう話ができないのかなと思いました。
「命…」
ロピは思わずつぶやきました。
するとお母さんが言いました。
「そう。この子の命はなくなったのよ…」
ロピはまた嫌な気持ちになりました。
そして胸がとても痛くなりました。
とてもとても痛くなりました。
ロピはどんどん嫌な気持ちになりました。
そして目から勝手に涙が出てきました。
どんどんどんどん出てきました。
ロピは勝手に流れる涙を止めようと思いましたが
うまく止める事ができませんでした。
ロピはどうしたらいいか考えました。
MP−2000に聞けばわかるかなと思いました。
館長さんに聞けばわかるかなと思いました。
でもロピは自分で思いつきました。
そして両手を合わせて言いました。
「神様。ロピにくれた命をこの子にあげてください」
すると前にお祈りした時に聞こえた声と同じ声が聞こえてきました。
「あなたの命をこの子にあげると、あなたは昼の間もロボットに戻りますよ。
ずっとロボットのままですよ。それでもいいのですか」
ロピは迷わず答えました。
「はい」
そう言った途端、ロピは胸のどくどくが小さくなっていくのを感じました。
両手の指がだんだんとロボットの手に変わっていくのが見えました。
同時に女の子の目が少しだけ開いたのが見えました。
女の子のお母さんもすぐに気づいて驚いた声を出しました。
ロピは女の子に向かって一言だけ言いました。
「サヨウナラ」
そう言うと、すぐに女の子の病室を飛び出しました。
ロボットが博物館の外に出るわけにはいきません。
ロピは病院の廊下を一生懸命走りました。
勝手に流れていた涙も、いつの間にか止まっていました。
ロピは病院の廊下を一生懸命走りました。
軽快に走っていた足からも、やがてガチャガチャと嫌な音が聞こえ始めました。
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