サバイバル

奴がいる。
歩いている気配がする。
俺たちは物陰に隠れて、奴が通り過ぎるのを待った。

見つかったら間違いなく殺されるだろう。
理由なんてない。
ただ殺してくる。
奴らはそういう生き物だ。

今まで殺された仲間は山ほどいる。
妻や息子も殺された。
俺だって、いつまで生きられるかわからない。

今日はアキラと一緒だ。
いつも二人一組で行動する事になっている。
一人で動くよりも生き残る可能性が高いし、
もし片方が殺されても、残りの一人が行動できるからだ。
アキラは身が軽く、今までも幾度となく危険を逃れてきた。

だが、今日は疲労が激しい。
普段よりも奴らの数が多いのだ。
隙を見ながら前進していくのはかなり難しい。
アキラも肩で息をしている。

奴が通り過ぎた。
ここは一番大きな通りだ。
この通りは絶対に渡りきらなければならないが、
途中に隠れる所がないため、特に危険なのだ。

まず、アキラが行く。
スピードではアキラの方が上だ。
万が一見つかっても、逃げ切れる可能性が高い。
アキラが渡って安全を確かめてから俺が続くのだ。

さすがにアキラは速い。もう渡りきってしまった。
奴もまったく気づいていない。

いよいよ俺が続く。
音を立てずに走る。大丈夫だ、行ける。
奴の方は気にしない方がいい。
変に意識すると速度が落ちる。
ただまっすぐ前を見て走るのだ。
向こうで待ってるアキラのところへ。

大丈夫だ。気づいていない。
渡りきった。
アキラの顔にも、ふっと安堵の表情が浮かぶ。

その時、どこかから声が聞こえた。
細く小さい声だが、確かに聞いた。
俺はアキラを見た。アキラがうなずく。
気のせいではない。

辺りを見回してみる。
また声が聞こえた。建物の陰の方だ。
近寄ってみる。

「ユキ!」

思わず声が出た。ユキだ。
女だが、いつも的確な指示で助けてくれる仲間だ。
トラップにかかって動けなくなっている。

俺たちの姿を見て、ユキが軽く微笑む。
だいぶ衰弱しているようだ。
とりあえず助けなければならない。
俺はユキに近づいた。

「待て」

声が俺を制した。
アキラが首を振る。

「近づいたらお前も動けなくなる」
「しかし!」
「かわいそうだが置いていくしかない」
「仲間だぞ!」
「一人の仲間の命より、残された者たちの生活だ」

悔いが残るがアキラの言う通りだ。
俺たちは行かなければならない。
ユキを見る。
ユキは目を細めて笑っている。
そして目を閉じた。

俺たちはさらに進む事にした。振り返らずに歩く。
必ずユキの敵は取る。

もう少しだ。くじけるわけにはいかない。
仲間の中にはアキラの事を冷たい奴だと嫌う者もいるが、
アキラはいつでも仲間の事を考えている。
こいつの冷静な判断のおかげで何度も助けられた。
実際、俺はアキラの事を一番信頼している。

「見つかった!逃げろ!」

突然、アキラが叫んだ。
後ろを振り返ると、アキラの向こうに
奴がいるのが見える。

「早く走れ!」

アキラがまた叫ぶ。
その時、アキラが何かに気づいた。
そして俺に勢いよく体当たりしてきた。
俺は後ろに突き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

次の瞬間、ガスがアキラを包んだ。
アキラの悲鳴が響く。

「アキラ!」

姿が見えない。完全にガスで視界が遮られている。

「行け!早く!!」

中からアキラの声が聞こえた。
俺は思わずガスの中に飛び込もうかと思ったが、
さっきのユキの事を思い出した。
ここで二人ともやられるのは避けねばならない。

「生きろ!必ず生き延びろ!」

またアキラの声がした。さっきより一段と力強い。
俺は一歩下がり、そしてアキラに背を向けて走り出した。

また仲間が一人奪われた。
もう何人目かもわからない。
意味もなく殺されるのだ。
俺たちが奴らを倒した事はない。
力の差があまりにも圧倒的なのだ。

だから俺たちが戦いを挑む事はない。
一方的にやられてしまうからだ。
俺たちにできることは、ただ見つからないように逃げる事のみ。
死なないように生きる事のみ。

もうずいぶん歩き回った。
一人になるとあまりにも不安だ。
そして空腹感。
思えば昨日から何も食べていない。
これだけ歩き回ると、ひどく体力も消耗する。

どこかに食べ物がないか。
食料庫の役目をしているものがあるはずだ。
仲間のためにも持ち帰らなければならない。

意識がもうろうとしてきた。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
今日だけでもアキラとユキがやられたのだ。
俺まで死んでしまったら、仲間の未来も危ない。

あった。食べ物だ。
体はフラフラだが、間違いない。
かなりの量だ。これだけあれば、仲間の分も充分ある。

俺は思わずかぶりついた。
ついに食べ物を見つけたのだ。
縮みきった胃袋にどんどん食べ物を送り込む。
全身に力がみなぎる。

よし。意識もハッキリしてきた。
生きて帰る自信も出てくる。
まだまだ俺たちは生きられる。生き抜くんだ。

瞬間、胸に苦しさがよぎった。
地面にひざを突き、倒れ込む。
腹の底から吐き気がわく。思わず地面にぶちまけた。
体中の力が失われる。

しまった。毒か。
完全に油断した。
奴ら、毒まで準備していたとは。
だめだ。もう一歩も動けない。
体を起こす事さえ無理だ。
地面に顔をつけたまま、ピクリともできない。

俺は死ぬんだ。
あとは仲間たちに託すしかない。
生きてくれ、仲間たちよ。
絶対にこの血を絶やしてはならない。
俺たちは生きるんだ。
仲間たちよ。

「あらやだ。こんなところで死んでるわ」

女はそう言いながらティッシュを取り出し、
一匹のゴキブリを捨てた。


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