大きな樹の想い出
私がここに来てからどれくらいの時間が経っただろう。
私は風に乗ってここへとやってきた。
それだけは覚えているが、それ以外の事はもう記憶にない。
ここから見える風景もだいぶ変わった。
以前は私ぐらいの高さがあれば遠くまで見渡す事ができた。
向こうにいる仲間と話を弾ませた事もあった。
だが今そこにはマンションが建っている。
仲間は切られ、どこかに運ばれていった。
それももう昔の話だ。
私が今もここにいられるのは
私の舞い下りたところが運よく公園だったからだ。
姿はだいぶ変わったが、今もここが公園である事に変わりはない。
いつも子供たちの声が聞こえるのも同じだ。
ただ、最近は私に登るような子供もいなくなった。
昔は子供が競って登ってきて見晴らしのいい景色に声を上げたものだが、
今はそんな事もない。
今は私以上に高いものがたくさん建っているし、簡単に登る事もできるのだ。
最近は仲間の種が空を舞っているのを見かける事も少なくなった。
それに、もうほかの仲間がどこにいるかもわからなくなってしまった。
そんなある日、この公園に二匹の猫が来るようになった。
二匹は別の場所に住んでいるらしく、いつもこの公園で会う。
黒いオス猫と白いメス猫だ。
この猫を眺めるのが私の密かな楽しみとなった。
唯一の楽しみといってもいい。
二匹の猫は何をするでもなく、私の根元でただ寄り添っている。
ちょうど私の陰になるので涼しいのだろう。
たまにその姿を見た人間のメスが猫たちに食べ物をくれる事もあった。
猫たちはそれを二匹で分け合って食べた。
だが人間の中には明らかに彼らを嫌った目で見てくるものもいた。
ときには意味もなく暴力を振るおうとするものや
石を投げてきたりするものもいた。
幸い、猫たちはすばやく逃げたので怪我をする事はなかったが
その日は一日逃げたまま帰ってこなかった。
ある日、オス猫がこの公園に来なくなった。
メス猫は私の根元で座りながらずっとオス猫が来るのを待っていた。
次の日もオス猫は来なかった。
その次の日もオス猫は来なかった。
メス猫はずっと一匹だった。
だが私は知っている。人間たちが騒いでいるのを聞いた。
あの黒いオス猫は死んだのだ。
公園の前の道路で車に跳ねられて。
しかしメス猫はそのことを知らない。
また今日もここでオス猫が来るのを待っている。
しばらくしてメス猫も来なくなった。
オス猫が来る事はないとわかったのだろうか。
私はまた楽しみをひとつ失い、気を落とした。
だがある日、またメス猫が来るようになった。
しかし一匹ではない。
メス猫のほかに三匹の子猫がいる。
どの子猫も白に黒のブチがある。
間違いない。あのオス猫の子だ。
メス猫は子供を産んだのだ。
それからメス猫はまた毎日来るようになった。
三匹の子猫を連れて。
そしてまた、私の根元で座っている。
時には子猫に乳をやっていたりもした。
子猫は公園を走りまわったり、じゃれあったりしていたが、
メス猫はずっと座っていた。
今日にもオス猫が現れるのではないかと思いながら。
しかし悲劇が起こった。
酒に酔った人間が子猫に石をぶつけてきたのだ。
公園にはほかにも人間がいたが誰も近寄っては来なかった。
メス猫は子猫を守ろうと人間に近づいた。
その時、人間がひときわ大きな石を投げつけた。
石はメス猫の頭にあたり、メス猫はそこにうずくまった。
それを見ると人間は満足げにどこかへと行ってしまった。
メス猫はピクピクと震えながらゆっくり目を閉じた。
子猫たちは鳴きながらメス猫の周りをうろうろするだけだった。
腹が減ったのか、乳をねだる子猫もいた。
だがメス猫が再び目を開ける事はなかった。
それからの事は知らない。
メス猫の体は人間たちがやってきてどこかへ持っていったが
子猫がどうなったかはもうわからない。
あのメス猫が死んだ日から数日後、私は切り倒されたのだ。
こうなる事はわかっていた。
この公園がなくなると人間が話していた。
私は邪魔になり、切り倒された。
そして今、私はトラックで運ばれている。
どこへ向かっているのかはわからない。
もう意識が薄れてきた。
せいぜいほかの仲間が私のようにならないことを願いながら
ゆっくり眠るとしよう。
あのオス猫のように。
静かに眠るとしよう。
あのメス猫のように。
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