ゲーム作りというものは 〜その1〜
学生にゲームプログラミングを教え込むにあたって 技術を身につけさせるのは当然なのだが、 そこからさらに一歩先に進むのが難しい。
ゲーム業界への受験にあたって、多くの企業が 学生の自作した作品を提出させる。 ということは就職活動の時期には オリジナルの作品を完成させておく必要がある。 (中には作品制作に自信がないため 意図的に作品審査のない企業への受験をたくらむ学生もいるが、 当然そんな甘い話が通じるわけもなく、 作品審査がない会社ほど、それ以外の要素で 他の学生から大きく抜け出せていないと話にならない)
そういった事情で、教え子たちは皆ゲーム作品を作るわけだが、 その制作に必要な技術を教えたり 技術的な問題を解決に導いたりするのは そんなにややこしい話ではない。 こちらも常に勉強し、いろんな技術に対応できるよう 努力しておけばいいのだ。
だが、「いいゲームを作り上げる」というのは 技術力以外の部分が大きい。
高い技術さえ含まれていれば面白いゲームになるなら 誰も苦労はしない。 最新の技術が入っていれば売れる、というのであれば 次世代ゲームマシンの独り勝ちになるはずだ。
しかし実際には、どれだけ高い技術を作品に込めるかではなく、 どれだけユーザーに対して配慮し、 独りよがりではない広い視野で組み上げられているかが 非常に重要だったりする。
このあたりは個人の感性にかなり左右されるが、 私が考えるポイントをいくつか例に出す。
●各場面の世界観や仕様が統一されているか
タイトル、ステージセレクト、ゲームオーバー画面など ゲームというのはメイン以外の場面へも切り替わる。 その際にフォントや色づかい、 キー操作が変わったりすると違和感が出てしまう。
タイトルではスペースキーが決定ボタンだったのに ステージセレクト画面ではZキーで決定する、などは論外。 ユーザーが混乱するだけで何もいいことがない。 これはひとつの場面だけを見て仕様を決めている証拠で、 全体を通して統一された仕様にすべきだ。
固い雰囲気なのかポップな感じなのかも 全編通して、同じ雰囲気が維持されるべきだ。 タイトルではカタカナ表記が中心なのに オプションではアルファベット中心、というのも論外。
私が初めて作った「喰人王」では 「ローマ字設定」の画面とそれ以外の場面とが 雰囲気が統一されていなくておかしい。
【例・喰人王の各画面】



【例・喰人王のローマ字設定画面】

実は喰人王ではローマ字設定の画面が真っ先に作られた。 その後、試行錯誤しながら全体の雰囲気が決まっていった。 ゲーム開発に慣れていなかった経験がここに出ている。
ずっと気になっているが、今さら直す気はないので それ以降の作品では、地味なオプション画面などでも 全体の統一が取れる雰囲気になるよう配慮している。
長いので、その2へつづく。
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